My Serbia(マイセルビア)

セルビアの美・食・住の情報が集まるライフスタイルマガジン

セルビア民族の叙事詩

『コソボの娘』ウロシュ・プレディッチ作

【文/本田スネジャーナ】

最古の叙事詩は、まだ文字が存在しなかった時代に創造され、幾世代にわたって伝承され、 民族の想像力に力強い影響を残した個人の偉業や、民族の運命を決定づけた大きな出来事について歌ったものである。イーリアスやオデッセーはそれらの最古の叙事詩にあたる。 ホメロスは口承詩の語り部に耳を傾けながら書いたと言われている。 

そしてセルビア人も自分たちのホメロスを持っている。その名をヴーク・カラジッチという (1787~1864)。彼は、“ますらおぶり”と呼ばれる叙事詩的英雄詩と、短く抒情的な“たおやめぶり”と呼ばれるセルビア民族の詩を収集した。歴史的叙事詩がセルビア民族の詩の最も重要なものである。その詩の中で、十二世紀から現代にいたるセルビアの歴史的出来事が歌われている。それらは完全に史実に基づいたものではないにしても、豊かな文化的富を物語っている。どの詩においても幾世代も続き得る力強いメッセージを備えている。誠実さ勇気そして英雄についてのメッセージを。セルビア人は幾世紀もの間自分たちの国家を持たなかったが、自分自身の歴史的伝承を忘却することなく守り通した。虐げられ書く手段を奪われた民族が、叙事詩を通して守り通し得たのである。 

数世紀にわたり、叙事詩は民族にとって最も大事な要素であった。民族は自身の人生を詩を通して表現した。叙事詩の大半は、トルコの支配者に対する積年の困難な戦いの時代にもたらされた。セルビア民族の長期の戦いと骨身を削る生活が、民族の詩の歌い手にとって、地を払うことのない主題選択であった。それらは十の音節からなる短い行によって歌 われる。グスレという楽器が、民族叙事詩に合わせて伴奏される。グスレは弦が一本の弦楽器である。弦は馬の尻尾の毛を編んで作られる。低音で長く響く音である。グスラルはグスレを演奏しながら、歴史上の出来事を歌う、民族の歌い手である。 

フィリップ・ヴィシュニッチ(1767~1834)は自身の知識をヴーク・カラジッチに伝えた盲目のグスラルである。ヴークはセルビア民族叙事詩集を発表したが、それはヨーロッパ の文壇において好評を博した。特に興味を示したのはドイツの作家、ヤコブ・グリムで、その惚れ込み様は、それらの詩を原語で読みたいがために、セルビア語習得を決心するくらいであった。ゲーテもまたセルビア民族叙情詩の賛美者であった。   

フィリップ・ヴィシュニッチの像

一連のコソボ詩篇はコソボ平原での戦いを歌った詩から成る。少数だが、芸術的に最も成 功した作品に属する。コソボの戦いはセルビア軍とトルコ軍との間に、1389 年 6 月28 日 に起こった。コソボ詩篇は、幾世紀もの間癒やすことのできなかった一つの民族の悲劇を描写している。猛進撃を続けるオットマン・トルコ帝国の前に、セルビア国家が崩壊したことは、民族の記憶に深く刻み込まれた。その詩篇の中の「コソボの娘」という一つの詩 は、戦いの終わった後戦場に赴き、婚約者を捜す娘の話である。婚約者は落命したことを知り、娘はこのように歌う。「悲しい私!何という不運な私!もし今私がこの悲しい指で、 緑の松に触れたなら、松はたちまち枯れるでしょう!」(カギ括弧内はウィキペディアより引用)

コソボ詩篇の中からもう一つの詩は、「ユーゴヴィッチ家の母の死」(抜粋)である。九人の息子たちと夫ユーグ・ボグダンをコソボの戦いで失った母についての詩である。 

おお神様、何と摩訶不思議な事 

兵隊がコソボに集結する時 

その軍隊の中にユーゴヴィッチの九人の息子たちがいる 

そして十人目の老良人ユーグ・ボグダンも 

ユーゴヴィッチの母親が神に祈る 

どうぞ神が鷹の目を私にお与えになるように 

どうぞ神が白鳥の白い翼をお与えになるように 

コソボ平原を飛び越えるために、 

ユーゴヴィッチの九人の息子が見えるように 

十人目の老ユーグ・ボグダンも見えるようにと 

二羽の黒カラスが飛んでくる 

肩まで血まみれの翼 

膝まで血まみれの足 

二羽のカラスは英雄の手を運んでくる 

その手を母親の膝の上に投げる 

母親は息子ダーミヤンの手を取る 

そこで母親は静かに手に話しかける 

「いとけなき我が子よ、私の“手”よ 

何処で育ち、何処でもぎ取られた 

手よ、お前は私の膝の上で育ち、 

コソボ平野でもぎ取られた!」 

次にセルビア解放についての詩篇から、“ミシャールの戦い”の詩の断章である。ミシャールの戦い(1806 年 8 月 13 日~15 日)は、第一次セルビア蜂起(1804~1813)における大きな戦であり、セルビア叛乱軍が、トルコに勝利した。詩の中で、トルコ軍司令官であるカぺタン・クーリンのその妻について歌われている。妻は二羽の黒カラスに戦の結果を尋ねる: 

セルビアの国を平らげたかい 

カペタン・クーリンは私の元に向かっているかい 

私の元に向かって、もうすぐやって来るかい 

詩の中でカラスは彼女に何と答えたのか: 

カペタン・クーリンはお前の元に向かっていない 

お前の元に向かっていないし、やっても来ない 

期待するな、夫に相見えるなんて思うな 

年端のゆかぬ息子を軍に送れ

セルビアは平定などされぬ

グスレ伴奏による叙事詩の唱歌は 2018 年ユネスコの人類無形文化遺産に登録された。

翻訳/本田昌弘

<了> ※次ページはセルビア語


【文/本田スネジャーナ】セルビアの首都ベオグラード生まれ。ベオグラード大学にて電子工学を学んだのち、89年に結婚を機に福岡に来日。フリーランスの英会話講師として勤務しつつ、セルビアの文化を講演会や料理教室を通して積極的に発信している。また、ボランティアとして日本語教室でも講師を務めている。セルビアの雑誌「Novi magazin」にて日本の紹介記事を執筆中。三児の母。

Share / Subscribe
Facebook Likes
Tweets