【構成/My Serbia】
Jリーグの名古屋グランパスで選手・監督として活躍したドラガン・ストイコヴィッチ氏が3月3日、セルビア代表監督に就任しました。合わせて、同監督と長年一緒に仕事をしてきた喜熨斗勝史(きのし かつひと)さんがコーチに就任することも発表されました。日本人の指導者がヨーロッパの代表チームのコーチを務めるのは初めてのことです。
大きな注目を集める中、発表からわずか3週間後に2022年ワールドカップ・カタール大会のヨーロッパ予選が開幕。セルビアは初戦のアイルランド戦(24日)に3-2で勝利すると、続くポルトガル戦(27日)は2-2の引き分け、アゼルバイジャン戦(30日)は2-1で勝利を収めました。
怒涛の3連戦を2勝1分の好成績で終えたセルビア代表。短い準備期間の中で、選手たちを支えた喜熨斗さんにお話をうかがいました。(聞き手/小柳津 千早)
チャレンジしなければ一生後悔する
――セルビア代表チームのコーチのオファーを受けたときはどんなお気持ちでしたか? ストイコヴィッチ監督からはどのような言葉がありましたか?
前所属クラブ(中国の広州富力。今季から広州城に改名)との契約で、違約金等の問題があったので、私もMr(ミスター。ストイコヴィッチ監督の呼称)も簡単に移籍できない状況でした。中国から帰国後もちょくちょく連絡は取っていたので「また一緒にできたら」という話はしていました。3月までは全く未定だったので、オファーをいただいたときは、やや慌てました(笑)。ただ、日本人で欧州の代表チームでコーチをした人はいないので、とにかくチャレンジしなければ一生後悔する、と思って、二つ返事でお受けしました。ただ、Mrは「当然来るだろ」的な感じで話があったので、4日間で準備を済ませて、渡欧しました。日本人として何ができるか、よりも、サッカー人として何ができるか、と考えて、覚悟を決めました。
――スタッフや選手たちにどのように受け入れられましたか? コミュニケーションはいかがですか?
コミュニケーションはすべて英語です。セルビアはほとんどの人が英語を話せるのでとても楽です。ただ、受け入れられるためにはセルビア語は必須なので、現在、簡単な会話から取り組んでいます。(私が)日本にいた時に指導した選手(長谷部誠/フランクフルト、吉田麻也/サンプドリア、ら)と一緒にプレーしている、もしくはプレーしたことがある選手が何人かいたので楽でした。彼らはすでに私のことを聞いていて、笑顔で受け入れてくれました。また、すべての選手の顔と名前を暗記して、近況や状態を確認したので距離感をあまり感じずに済みました。セルビア代表の選手は全員、器が大きく、人間的にも寛大なので、偏見や疑念は全くありませんでした。とてもいいグループだと実感しています。
――ヨーロッパ出身の選手たちを指導することや、限られた準備期間の中で各国リーグで出場機会が異なる選手たちのコンディションを管理することに、これまでとは違う難しさを感じますか?
サッカーというスポーツは、足でするスポーツと思われていますが、一番大切なのは、知性とメンタリティーです。代表クラスの選手はそういうところも含めて代表なので、出場機会の差やコンディションの違いは、そこに働きかけること無しには解決しません。そこを整えるために、トレーニングを構築するといっても過言ではないのです。強くて、早くて、上手い欧州の選手たちは、自分たちで何をするべきか何をしてはいけないのか、わかっているはずなので、特に構える必要はないと考えています。本当の難しさは、今後、苦しい局面になったときに出てくると思いますが、上記の理由から、あまり心配はしていません。
すべてのコンディションを最大限に引き出すのが仕事
――(ワールドカップ予選の)次戦は9月にホームでルクセンブルクと対戦します。それまでの期間、フィットネスコーチとして具体的にどのように過ごすのでしょうか? セルビアにこのまま滞在する予定ですか?
フィットネスというと、体力だけ、と思われがちですが、私はあくまでサッカーコーチです。コンディショニングコーチという役職ですが、技術、戦術、体力、メンタル、すべてのコンディションを最大限に引き出すのが仕事だと思っています。代表で集まった期間だけでは劇的な変化を起こすのは難しいので、継続して選手たちの状態を把握し、連絡を取っていきたいと思っています。4月に一度、帰国しますが、コロナの影響などもあり、そのあとはどうなるかわかりません。ただ、ベオグラードやトレセン(トレーニングセンター)の周りは環境がいいので、滞在に不便はありません。
――最後に、セルビアの印象、生活、食べ物について、何かエピソードがあれば教えてください
Mrと一緒に、すでに422試合を終えました。たくさんのセルビア人と働いてきたので、特に違和感はありませんでした。ただ、本当にみんな優しい(Mrのアシスタントだからかもしれませんが)。コロナのためにトレセンにほぼ缶詰ですが、ベオグラードでランチをしても、料理は美味しいし、物価も高くないし、安心です。町中の落書きもアートっぽくていいですね。サッカーの落書きが多くて、さすがサッカー文化が根付いているなと思いました。
<了>
インタビュー協力