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セルビア修道院めぐり(1)ストゥデニツァ修道院(Manastir Studenica)

【文/嶋田 紗千】

修道院へ行ったことはありますか?観光ツアーでセルビアへ旅行された方は一カ所くらい訪れたことがあるのではないでしょうか。私は美術が好きで色んな所の美術館や歴史的建造物をめぐるうちに、セルビアの修道院美術のとりこになりました。セルビアを初めて訪れたのは、2002年の夏。1999年のNATO空爆があった3年後です。前年にセルビアへ行かれた方から、もう治安がよくなっていると聞いて留学することを決めました。

ストゥデニツァ修道院は、言わずと知れたセルビアで最も有名な修道院です。中部の村ウシュチェ(Ušće)の山奥にステファン・ネマニャ(Stefan Nemanja, 約1113-1200年)によって1196年に建てられました。ストゥデニツァ修道院はセルビア人の心の故郷といっても過言ではない、宗教と国、民族を語る上で必ず触れられる場所です。最近はわかりませんが、以前は修学旅行には必ず訪れる場所で、日本でいう法隆寺のような位置づけです。

首都ベオグラードから高速バスでセルビア中部都市クラリェヴォ(Kraljevo)、そこからウシュチェへ、そして乗り換えて修道院直通バスで向かうことができます。私がはじめて訪れた2003年春には直通バスがなく、友人と二人でヒッチハイクをしました。修道院で作業をする大工さんに拾ってもらい、無事到着することができました。お礼に折り鶴を渡したら、喜んでくれました。当時、ヒッチハイクをすることはそんなにも危険視されておらず、ホームステイをしていた家族と別荘に行くときに、若者を拾って途中まで乗せたことがあったので、お互い助け合いの精神が強かったのだと思います。

緑濃い山の中腹にストゥデニツァ修道院はあります。主聖堂と、小さい聖堂が二つ、そして建物の基礎が数か所残され、その周りに鐘楼と修道士たちの生活する建物などが円形に並び、建物のないところは低い壁で覆われています。その壁の外に駐車場と寄宿舎があり、巡礼で訪れる人はこの寄宿舎に寝泊まりします。

修道院外観 (C)studenicainfo 2021

修道院の脇には川が流れており、その川の名にちなんでストゥデニツァと名付けられました。セルビアの修道院は川の名前にちなんだものが多く、ミレシェヴァ修道院(Manastir Mileševa)やモラチャ修道院(Manastir Morača)も同じ名の川が近くにあります。いかに水が大切で、神聖なものであったのかということを感じることができます。

ストゥデニツァ修道院の主聖堂は、入口から祭壇までの距離が長く、白っぽい大理石のキューブが積みあがり、入口や窓の縁には邪気払いの珍獣などが装飾されています。外見はロマネスク様式の建築のように見えますが、中の構造は集中式と呼ばれるビザンティン様式になっています。それは、かつてゼータと呼ばれていたアドリア沿岸の地域にネマニャたちが住んでいたためにイタリアのロマネスク様式、そしてビザンティン帝国の正教を採用したために内部構造は集中式が取り入れられました。そのため、主聖堂は西ヨーロッパと東ヨーロッパの様式が融合した建造物といわれます。

聖堂の前室は1245年にネマニャの孫であるラドスラヴ王(Radoslav Nemanjić, 約1192-1235年)によって増築されました。前室に入って次の間(ナオス)の扉周りは元々の聖堂の正面入口であったために立派な浮彫で彩られています。まるで二度聖堂に入る感じがします。

主聖堂ナオス西壁「磔刑図」(修復中)

この聖堂で一番有名なのは、ナオスにある「キリストの磔刑図」のフレスコ画でしょうか。聖堂内部のほぼ全面に聖書の物語が描かれています。正教会のフレスコ画は何がどこに描かれるのか大体決まっていますが、ここでは通常「聖母の眠り」と呼ばれる図像が描かれるところに「キリストの磔刑図」が描かれています。聖母崇拝よりもキリストの受難や復活に重きが置かれたことの表れです。

フレスコ画は2017年から保存修復プログラムが行われています。2018年に訪れた際は、北壁が修復されており、1500カ所もの傷を丹念に漆喰で埋めていました。オスマン帝国時代にフレスコ画を隠す必要があったために上から漆喰で覆った名残です。

戦争や火災に見舞われながらも約800年間も守り続けられ、現在も見ることができるのは凄いと思いませんか?今も毎日典礼を行っているところにそのように古いフレスコ画があることに歴史と文化を大切にしているセルビアの一面を垣間見ることができます。機会があれば、ぜひ訪れてみてください。

主聖堂アプシス「聖母子像」(修復中)

【文/嶋田紗千(Sachi Shimada)】美術史家。岡山大学大学院在学中にベオグラード大学哲学部美術史学科へ3年間留学。帰国後、群馬県立近代美術館、世田谷美術館などで学芸員を務め、現在、実践女子大学非常勤講師。専門は東欧美術史、特にセルビア中世美術史。『中欧・東欧文化事典』丸善出版(2021年7月発行予定)に執筆。フレスコ画の調査で山の中の修道院へ行くことが多いため、ヒッチハイクがセルビアで上達した。

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