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セルビア特産のラズベリーが収穫されて商品になるまでの話

【文/小柳津 千早】

日本ではあまり知られていませんが、セルビアはラズベリーの生産量が世界トップクラスです。2月23日に放送されたNHKの料理番組「今日、うちでなに食べる?」ではセルビア料理が特集され、MCを務めた俳優の中村倫也さんがラズベリーケーキを食べるシーンが流れました。番組では触れられませんでしたが、出演した2人のセルビア人女性、アンジェラさんとダニエラさんは、セルビア国内でラズベリー栽培が最も盛んな町アリリェ(Arilje)の出身です。偶然にも私の妻も同じ町の生まれです。今回はそのアリリェの特産、ラズベリーについてご紹介したいと思います。

収穫したばかりのラズベリー
ラズベリーの町、アリリェ

アリリェはセルビア南西部に位置する小さな町で、人口は約2万人。町の規模は小さいですが、農業と衣服製造業が盛んです。特にラズベリーは有名で、例えば、私がセルビア人と知り合い「妻はアリリェ出身」と伝えると、「ああ、ラズベリーの町だね」とすぐに答えが返ってきます。町の中心地にラズベリーを収穫する女性の像が立っているほどです。とても珍しいですよね。世界を見渡してもおそらくここだけじゃないでしょうか。

セルビアでラズベリー栽培が始まったのは19世紀末のことです。当時アメリカに住んでいたセルビア人が、アリリェから北に70キロ離れたヴァリェヴォという町に持ち込んだのが始まりと言われています。当時は観賞用として育てられていました。ラズベリーはその後、アリリェに持ち込まれ、1957年に商用として栽培が始まりました。1973年にラズベリーを瞬間冷凍するための工場が建てられると生産量が劇的に増加。今日では全国シェアの半分近くがアリリェで生産され、「ラズベリーの首都」と呼ばれるまでに成長を遂げました。

現在、アリリェのラズベリー生産加工会社・農業組合・農家は、地元産のラズベリーをEUの地理的表示保護制度の1つ、「原産地呼称保護 」に認定・登録するための手続きを進めています(※セルビアはEU加盟国ではありませんが、第三国原産の製品も認定・登録可能)。地理的表示とは、ある製品が特定の国や地域を原産地としていて、品質や評判等の特性が原産地と結びつきがある場合に、原産地の表示が可能になることです。フランスの「シャンパン」はその一例です。つまり、アリリェ産のラズベリーをブランド化、保護して、付加価値を高めるのが狙いです。

ラズベリーを収穫する女性の像
収穫は1か月間、毎日続く

ラズベリーは日当たりが良好で、水はけのよい土地を好みます。極端な湿度を嫌うので、風通しがよい場所で栽培するのが理想的です。その点、アリリェは丘陵地が多いので、傾斜地を利用した栽培が可能です。さらに昼夜の寒暖差も大きいので、甘くておいしいラズベリーができます。とはいえ、雨の日が長く続くと果実にカビが生えたり、時には雹(ひょう)の被害を受けたりするなど、気象災害に弱い特性も併せ持ちます。

ラズベリーの実は柔らかく、とても繊細なので、収穫はすべて手作業で行われます。指で果実をそっとつまみ、そのまま引っ張ります。ラズベリーをよく見ると分かるのですが、果実の内側は空洞になっています。これは花托と呼ばれる花が育つ器官があった場所。花托は果柄の花盤の上に残り、果実だけが摘み取られるわけです。現在の主要栽培品種はウィラメットとミーカーというもので、前者は実が大きくて香りが良く、後者は実崩れが少ないのが特徴です。

ラズベリーの収穫期は6月中旬~7月中旬の約1か月間で、毎日収穫作業が続きます。ラズベリー畑は広大で、果実の成熟スピードが速いので、畑を所有する農家の家族だけでは収穫が間に合いません。そのため、全国各地から日雇いならぬ月雇いの作業員を探して、働いてもらう必要があります。

作業員に求められるのは、ラズベリーの成熟具合を瞬時に見極める能力、収穫の速度、体力、そして農家の家族との相性です。見知らぬ人を雇うにはそれなりのリスクが伴います。信頼できて、気心が知れた仲であれば、安心して収穫を任せることができます。1か月という長い間、農家の家に住み込み、食事も朝昼晩の3食を共にするわけですから、作業員選びはとても重要な要素です。ですから、農家によっては毎年同じ人たちを雇うことも多々あります。

作業員の年齢層は若者から年配まで幅広いです。性別は女性の方が多いですが、若者は男女比が同じぐらい。初夏のラズベリー畑で見知らぬ男女が知り合い、恋に落ち、そのまま結婚…という話も聞いたことがあります。なんてロマンチックなんでしょう。

アリリェのラズベリー畑
ラズベリーは成長速度が速く、収穫は大変です
摘み取ると果実と花托(白い芯のようなもの)が分離します
意外と大変な収穫作業

収穫は重労働です。作業員は朝5~6時に起床。日の出とともに畑へ直行です。ラズベリーは収穫を効率化するために列状に植栽されているので「私はこの列からこの列まで」と分担します。炎天下での作業は一日続きます。私は友人に「妻の地元はラズベリーの名産地。摘み放題だよ」と話すと、皆が「楽しそう!行きたい!」ととても興味を持ってくれます。ただ、収穫が楽しいのは最初の10分だけ! 太陽がじりじりと照りつける中、単調な作業が一日中続くので、本当に大変です。「どの実を摘み取ろうかな?」と悠長なことを言っている時間はありません。どんどん摘まないと、熟した果実を収穫しきれずに一日が終わります。翌日は黒ずんでしまい、商品としての価値がなくなってしまうのです。

収穫中は手をひたすら動かして、列に沿って移動します。体力的にきついですが、実は意外と暇です。作業人同士で垣根を越えて世間話をしたり、ラジオを聴いたりして、のんびりとした時間を過ごします。一日の楽しみは、農家のお母さんが用意する食事です。8時ごろに朝食、14時ごろに一日のメインとなる昼食、20時ごろに夕食が提供されます。昼食は前菜、サラダ、スープ、肉を中心とした料理が食卓に並びます。食後は、コーヒーを飲んだり、芝生に寝転がって昼寝をしたりして、疲れた体を休めます。リフレッシュしたら、またラズベリーを摘みに畑へ出かけます。

収穫の様子
炎天下での作業が続く
収穫されたラズベリー
昼食はみんなで
いつでも手伝いにきてね!
ラズベリーの収穫の動画を追加しました!
収穫後は工場で加工され商品に

収穫したラズベリーは、冷凍工場に運ばれます。生のラズベリーはとても傷みやすく、すぐに鮮度が失われるので、瞬間冷凍してから商品にします。工場の中は、屋外の暑さとは正反対に、凍えるほどの寒さです。ラズベリーを選別する部屋では、作業員がスキーウェアのような分厚い服を着て、レーンの上を流れる冷凍ラズベリーとひたすら向き合います。私の妻は高校生の時に工場でアルバイトをしたことがありますが、「とても辛い仕事だった」と当時を振り返ります。特に辛かったのは、単純作業が続くこと、外気と屋内の温度差で体調を崩すこと、そしてアルバイト代がすごく安かったこと!らしいです。

瞬間冷凍された商品は、ドイツ、ベルギー、フランスなどの西ヨーロッパ諸国に輸出され、それぞれの国でジャムやコンフィチュールなどに加工されます。日本のスーパーで売られているヨーロッパ産のラズベリージャムはセルビア産のラズベリーを使っているかもしれません。

また、最近ではフリーズドライに加工したラズベリーも人気の商品です。アリリェにあるドゥレノヴァツ(Drenovac)という会社はフリーズドライの製法をいち早く取り入れて成功を収めている会社です。この会社はラズベリー以外にもいちご、ブラックベリー、アプリコットなどの果物を加工しています。また、フリーズトライの果物をチョコレートでコーティングしたお菓子も自社で製造してます。実は妻の親戚がこの会社で働いていて、2019年に工場を訪問する機会がありました。会社の代表を務めるオブラドヴィッチさんはとても誠実で、野心に溢れた素晴らしい方でした。「アリリェのラズベリーを世界の人に知ってもらいたい。そのためにはもっと努力する必要がある」と語気を強めて話していたのが印象的でした。

現在、日本では神戸物産が展開する「業務スーパー」でセルビア産の冷凍ラズベリーが購入可能です。500グラムで400円ぐらいで売られています。ほかにもオンラインショップで取り扱っているところもあります。日本で売られているラズベリーはアメリカ、チリ産が多いですが、いつの日かセルビア産のものが日常的に購入できる日が訪れることを願ってやみません。

ドゥレノヴァツ社の工場
冷凍ラズベリーの選別の様子(写真提供:Drenovac d.o.o.)
社長のオブラドヴィッチさん
ラズベリーの収穫から加工までの動画(出典:Drenovac d.o.o.)

【文/小柳津 千早】大学卒業後、セルビア語を学ぶためベオグラードに留学。そこで日本語学科に通う女性と出会い、無職の身でプロポーズをして見事成功。現地で400人の前で結婚式を挙げる。帰国後、スポーツメディア関連会社に3年半勤務。現在はセルビア共和国大使館で通訳として働く。休みの日は妻と子供2人で公園を散歩するのが好き。

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