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パン屋と人々【ベオグラード雑記帳・第1回】

【文と絵/竹内 まゆ】

ベオグラードのPEKARA

ベオグラードで老若男女が訪れる場所といえばパン屋(Pekara)。セルビア人の主食はパンであるが、パンを自宅で手作りするということはほぼない。そのため食事の際に食べるパンを求めて、あるいは朝食や昼食用に食べるものを買いに、働き盛りの人や学生、子連れ世代、高齢者などあらゆる年代の人がやってくる。

ベオグラード市内には相当な数のパン屋がある気がするが、パン屋の隣にパン屋があることも珍しくない。客を奪い合わないのかと心配になるが、それぞれの店の人気商品、その店でしか売っていない客のお目当ての品があるので、喧嘩しないようだ。閉店時間が近づくと全商品半額セールを開催してくれるお店もあったりする。お店のメニューに加え、サービス内容や営業時間なども微妙に異なるため、不思議とうまく共存している。

ここで、ベオグラードのいたって普通のパン屋で見つけることができる、定番メニューをイラストで紹介してみたい。これらのメニューに加え、それぞれのパン屋では店独自の商品が加えられる。2025年3月時点での平均的な価格も付しておいた(1セルビアディナール=RSDは1.38円)。

小麦をはじめとしたシンプルな材料を用いた食べ物がどんな形に仕上げられ、店頭に並び、そしてどんなものが売れてゆくのか…パン屋を覗けばその国の食文化の特徴が少なからずわかる気もする。例えば、ゴマをふんだんにまぶした「Đevrek(ジェヴレック)」はトルコやギリシャでもよく食べられているようだし、「Burek(ブレク)」は他のバルカン半島の国でも親しまれている。「Kifla」発祥の地はオーストリア=ハンガリー帝国とされる。セルビアが長い複雑な歴史のなかで、さまざまな食文化を受容してきたことが伝わってくる。一方で、とうもろこし粉を使って作るセルビアならではの郷土料理「Proja(プロヤ)」もパン屋で見つけることができるのだ。

©Mayu Takeuchi

またベオグラードのパン屋では焼き菓子やケーキも売られている。

©Mayu Takeuchi
パン屋と人

パン屋の前を通りかかると、いつも黄金色に輝くショーケースに目を奪われる。日本の多くのパン屋とちがって、ショーケースに陳列された商品を店員に注文するスタイルなので、子連れでも入りやすい。一方、日本のように動物のかたちをした可愛らしいパンなどはなく、子どもに媚びた商品は存在しない。しいていえばKiflica(キフリッツァ)やŽu-žu(ジュジュ)、Krofnice(クロフニツェ) などは小さな子どもの手にも握りやすい。

店頭でせわしなく働いている店員は女性が多く、ひっきりなしに来店する客たちの注文に対応しなくてはならないので、笑顔は必要最低限だ。無愛想な人が多い印象だが心は優しい。数年前、幼い息子をベビーカーに乗せ、とあるパン屋を訪れたときには、会計後に店員が無言でさっとKifla(キフラ)を差し出してくれたこともある。愛想を振りまく人間よりもこのような人間の方が信用できる、そんなことを思う。お店の人の優しさと紙袋から伝わるKiflaのほのかな温もりは忘れられない。

学校の近くにあるパン屋は忙しい。ベオグラードの公立の学校(Osnovna škola)ではカフェテリアがなく給食もないため、子どもたちは持参した昼食を食べるかパン屋で何か買うことになる。小学校の低学年では外出を許されていないようだが、中学生くらいの年齢になると、子どもたちは休憩時間に空腹を満たすためパン屋や商店に向かう。

近所の学校を午後の早い時間に通りかかると、パン屋への近道をしようと、校舎の裏にあるフェンスを乗り越えようとする生徒たちを見かけた。なんだかとても”青春”という気がして清々しい。パン屋のまわりには店内に入りきらない子どもたちの姿。この時間にパン屋は一気に忙しくなる。

©Mayu Takeuchi
スラヴァで供されるパン

「Slava(スラヴァ)」と呼ばれる、家庭の守護聖人を祝うセルビアの宗教行事については詳しく書かれた記事がすでにあるはずなので、他の記事を参照されたいが、Slavaに必要不可欠なものといえば「Pogača(ポガチャ)」と呼ばれるパンだ。Slavaの日には家族や親族、友人が大勢集まり、守護聖人への深い祈りを捧げたのち、パンを分かち合う。

このパンは街のパン屋に注文して作ってもらうこともできるし、自家製のものを用意する場合もある。セルビアで食べられるふだんの食事には、野菜の飾り切りもキャラ弁のようなものもないが、Slavaで提供される料理にはひときわ視覚的な美しさに気が配られていて、パンも例外ではない。はたしてこの世にこんな美しいパンが他にあるだろうか。

「Slavski kolač(スラヴスキ・コラチ)」と呼ばれることもあるこのパンは、直径25cm程度の円形をしており、ケーキのようにふんだんに装飾が施される。まるで守護聖人へ祈りを届けるかのように、小麦粉を練って丁寧に作られる装飾の数々。代表的なモチーフは、バラの花や葉、十字架、鳩、葡萄、麦、そして聖書など。パンの上にミニチュアの本(聖書)がのっている姿はなんとも可愛らしい。

©Mayu Takeuchi

ベオグラード市内のおすすめパン屋についても紹介したかったのだが、長くなりそうなので別の機会に書かせていただくことにしたい。


©Mayu Takeuchi

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