My Serbia(マイセルビア)

セルビアの美・食・住の情報が集まるライフスタイルマガジン

ファッション観察記録2024-25年冬【ベオグラード雑記帳・第2回】

【文と絵/竹内 まゆ

ベオグラードに暮らす人々はいったいどんな服を着て毎日を過ごしているのだろうか。働く人々や学校に通う生徒たち、街で見かけた人たちの服装について昨年の12月から今年の3月にかけて観察し、イラストで記録した。すでに4月になってしまったが、冬の観察記録ということでご覧いただきたい。

制服のある職業、制服のない職業

ベオグラードのふだんの生活の中でよく見かける制服ワーカーといえば、警察、ごみの清掃員、スーパーの店員、フードデリバリーの配達員など。コロナ禍以降、GlovoやWoltの配達員が疾走する姿はこの街の日常風景になった。雨の日も風の日も、彼らを見かけない日はない。

制服がありそうでない職業は、銀行員や郵便局で働く人々だ。郵便局の配達員には制服があるものの、窓口で働く職員はカジュアルな服装で働いている。キャラクターがプリントされたTシャツで応対されるくらい、職場のドレスコードはゆるい。バスの運転手の制服は淡い水色のポロシャツに会社のロゴが刺繍されたシンプルなものだが、着ていないことも多々ある。最近は移民のドライバーが増えた。

©Mayu Takeuchi
制服のない生徒たちは何を着ているか

セルビアの学校には制服がない。では生徒たちは何を着て毎日学校に通っているのだろうか。私服で通う日本の小学生と比較すると、セルビアの同年齢の子どもたちはランドセルの代わりにリュックを背負って通学していること以外に、外見上の大きな違いはないように思う。やがて日本の中学生くらいの年齢になるとシンプル路線に走るのだが、彼らのファッションは画一的だ。

例えばベオグラードに住む15歳くらいの女子が学校で過ごすファッションは、フードつきのパーカーに下はスウェットパンツ、またはジーンズやレギンス。スカートを履いて通学する生徒は皆無である。冬は丈が短めのダウンジャケットを羽織り、スポーツブランドのバックパックとスニーカーが定番のスタイルだ。

男子も同様にスウェットを着用するが、反抗期真っ只中の男子にはフードが必須のようだ。やや不良っぽさを演出してくれる。彼らにとっては、大人の世界と、そこに属したくない自分とを、物理的に隔てる何かが必要なのかもしれない。わかる気もする。

2023年5月、ベオグラード市内の初等学校(Osnovna škola)で起こった銃乱射事件から2年が経とうとしている。被害者だけでなく加害者も自分たちと同じような年の子どもであったという事実は、多感な彼らにどれほどの心の痛みを与えたのだろう。街中やバスの車内で、他愛もないことでけらけら笑いあう少年少女たちを見かけると、心底安心する。

©Mayu Takeuchi
個性を表現する高校生たち

昨年縁あって、美術を専門的に学べるベオグラード市内のとある高校にて短いレクチャーを担当させていただくことがあった。この学校では女子が生徒の9割以上を占めるのだが、メイクも髪型も自由で、アクセサリーやヘッドフォンを身に付けている子もいた。見た目では大学生と見分けがつかない。自分の好きなもの、美しいと思うものを大切に生きていってほしいと感じた。彼らの姿を間近で見て何よりも美しいと思うのは、何かを学ぶときのまっすぐな眼差し。彼ら自身がこの美しさに気がついていないのは、とてももったいない気がする。

©Mayu Takeuchi
年代別 女性たちのファッション記録

ファストファッションが世界を席巻するいま、どこの国でも同じような服が売られているようにも思えるが、実際に道ゆく人々の様子を観察してみると、彼らの着こなしや人気のアイテムの傾向から、日本とは多少異なる美意識も感じ取れる。

例えば、ベオグラードの女性たちが好んで着るのはライダースジャケットだ。フェミニンな顔立ちよりも目鼻立ちのはっきりした美人が多いため、着こなせる人が多いのだと思う。

若い女性のファッションについて、特筆すべきなのは(セルビアに限ったことではなく欧米の国々にあてはまるが)レギンス姿の女性が多いということだ。街中でレギンスを履いた男性を見かけたことはないため、女性らしい身体の線をきれいに見せることが目的であると推測できる。お尻の曲線美がかなり強調されることになるのだが、日本であれば「スカートを忘れてきたの!?」と年配者に慌てて声をかけられそうな格好ではある。

レギンスの利点は楽であることに加え、ジャケット、パーカー、夏はTシャツなど、さまざまな服に合わせやすいことだ。そのままマラソン大会に出場できそうなスポーティーなデザインのもの、柄がはいったもの、リブ入りなどデザインは豊富だが、カジュアルな服に合わせやすいシンプルな黒レギンスが人気だ。

ベオグラードの街は凸凹道が多く、高低差もあるため(ベオグラードには30の丘があると言われる)、女性がヒールの靴で闊歩するには不向きである。パーティーや結婚式など、ここぞというときにはハイヒールを履いておしゃれを決め込むが、ふだんはスニーカーやローヒールのブーツが活躍する。

中高年女性のファッションでも日本とは少し違う点があると感じる。ある雪の日の朝、仕事に向かう女性が暖かそうなファーで覆われた帽子をかぶっているところを見かけた。黒のウールのロングコートを着込み、アイラインをしっかり引いたメイク、知っている誰かを思い出させる。そうだメーテル…。『銀河鉄道999』のメーテルがかぶっていた帽子はこれだったのかと、妙に納得した。正式名称「パパーハ」あるいは「コサック帽」、俗称「メーテル帽」と呼ばれていることを後日知る。

さらに年齢を重ねると、マダムたちは鮮やかな色彩を求めるようになる。冬物のアウターには緑、赤、ピンクなどを選ぶ高齢女性たちを目にする。年寄りだから地味な服装を、などと思うことなく、好きな色をどんどん身につけているのが最高だ。

©Mayu Takeuchi
トレンドに敏感な若者たち

ベオグラードはなんだかんだいって都会なので、最高気温が氷点下を下回るような日でも、中心部に行けば流行に敏感な人たちを見かけることができる。

©Mayu Takeuchi
性別を越えて

これまでにベオグラードで見かけた人々の装いの中でもっとも強い印象をもったのは、とある女装男性(*ここでは仮にA氏とする)のファッションだ。

聖サヴァ大聖堂近くのバス停に突如颯爽と現れたA氏は、スキニージーンズに鮮やかな色合いのトップスを着ていたような気がする。ジレを羽織り、ネックレスをはじめアクセサリーも多く身につけていて、完全に足し算のファッションだった。肌の色は褐色だったように思うが、ファンデーションの色が濃いめだったような気もする。細かい部分については記憶が曖昧だが、全体的な印象としては、トレンドを追っているかどうか、似合うかどうかとか、そんなことよりも”自分が好きだから着ている”という強い意思が全身から感じられた。

日本のファッションメディアでは「年代別NGコーデ」「やってはいけないオバ見えファッション」などのような見出しが付けられた記事も多く、年を取るにつれ何を着ればわからない人々をさらに困らせる。しかしこのA氏の姿を見かけて以来、結局のところ、自分が好きな服やメイクを選んだらいいし、似合っているか、他者から見てどうなのかという点は些末なことのような気がしてきた。

A氏のinstagramがあるという情報を得たのだが、フォローしないでいるうちに数多の投稿の波に埋もれてしまい、アカウントが見つけられずにいる。もしもご存じの方がおられたらこっそり教えていただきたい。

今日もA氏がのびのびと、自分の好きな服を着ていてほしいと願う。

*人称代名詞について、英語圏では”彼(he/him)”、”彼女(she/her)”、もしくは”彼ら(they/them)”とすべきか本人の意向が確認できないとき、ミスジェンダリングを避けるべく、”they/them”を使用することが配慮の方法として広まりつつある。今回、生物学的性別は男性であり女性の服装をしているこの方について、代名詞を用いず性別を指定しない表現とするため、ここでは仮にA氏と表記させていただいた。


©Mayu Takeuchi
Share / Subscribe
Facebook Likes
Tweets