【文/小柳津 千早】
セルビアの田舎に暮らす人たちが愛用している靴があります。セルビア語でオパナック(複数形はオパンツィ)と呼ばれるゴム製の靴です。防水性があり、滑りにくく、簡単に着脱できるので、庭や畑での農作業にとても適しています。特に高齢者が好んで使用しており、手編みの羊毛の靴下にオパナックという出で立ちは「The・セルビアの田舎のおじいちゃん・おばあちゃん」そのものです。ちなみに、オパナックはもともと民族衣装の革靴のことを指す言葉です。かつては日常的に履かれていましたが、時代の変遷とともに機能性が高いゴム製のものが普及しました。
ゴム製のオパナックを製造しているのはセルビア南東部の町、ピロト(Pirot)にあるティガル(Tigar)という老舗企業です。主要製品は長靴で、農作業用はもちろん、NATOや各国の軍隊向けに耐火性・耐油性を備えた特殊な長靴も生産しています。ゴム製のオパナックはセルビア人の間では親しみを込めて「ピロチャーニまたはピロチャンケ(ピロト生まれの人たち)」と呼ばれています。
セルビアでは農夫靴として知られるオパナックですが、日本では雨の日の散歩靴として最近注目を集めているようです。オパナックを輸入する株式会社BOWCLAPの和田さんは「若い女性でもおしゃれに履ける」と話します。オパナックのラインアップは、シンプルで履きやすい「スリッポン」、クラシカル&レトロの「ストラップ」、幅広いファッションで楽しめる「オパナック1935」の3種類を展開しています。
デザイン以外には、繊細な形を崩さずに耐久性を高める「バルカナイズ製法」で作られているのが特徴。これはゴムに硫黄を添加して熱すると硬化するゴムの加硫法を用いた製法で、創業当時から1点1点職人の手作業で製造されているようです。ほかにも、日本市場向けに、カラーバリエーションを増やしたり、足を快適にサポートする中敷き(インソール)や布製の収納袋が付属していたりするなど、細やかな配慮も見られます。
商品やチラシをしばらく眺めていると、セルビアの田舎のおじいちゃん・おばあちゃんのことを忘れて、おしゃれな女性が街中で歩く姿をイメージしてしまうから不思議です。それでも和田さんはあくまで「セルビアらしい野暮ったさ。洗練されていないところが魅力」と強調します。なるほど、確かにかわいさの中にどこか未熟で垢抜けていない、素朴な雰囲気が漂っています。そういう意味では、大人っぽいフェミニンなファッションに合わせる以外にも、乙女チックなガーリーなファッションに寄せていくのも良いかもしれません。オパナックは東京の渋谷や代官山のセレクトショップ、ZOZOTOWNやZUTTOなどのオンラインショップで購入できるようです。
現在、東京にある有隣堂アトレ恵比寿店では「セルビアの農夫靴と田舎暮らし」というフェアを開催中です(4月5日まで)。この店舗は書籍以外にも雑貨を取り扱っていて、土地柄、おしゃれに敏感なお客さんが多く来店します。担当者の方にお話をうかがうと「職業柄(ファッションや雑貨の)展示会に行くことが多く、セルビアの農夫靴の存在は知っていました。フェアのテーマを田舎暮らしと決めて、リチャード・パワーズの著書『舞踏会へ向かう三人の農夫』の表紙を眺めていた時、農夫靴のイメージとぴったりと合いました」と今回のフェアでオパナックを展示・販売する理由を教えてくれました。期間中はオパナックはもちろん、セルビア人作家の書籍も紹介しているので、お近くにお越しの際はぜひお立ち寄りください。
なお、和田さんの会社はオパナック以外にもセルビアの有名な健康サンダルブランド「GRUBIN」(グルービン)も取り扱っています。ドイツのビルケンシュトックと似た商品ですが、セルビアの主婦層に絶大な人気を得ています。靴底にコルクを使っているので、履いていくうちにだんだん足に馴染んでいきます。セルビア人にとっては比較的高価な靴の部類に入るのですが、それでも世の主婦たちがグルービンを欲しがるのは、履き心地がそれだけ快適だから。普段の生活で大活躍する一足です。
和田さんは「今後はファッション以外の商品もセルビアからぜひ輸入してみたい」と話していました。日本にいながらセルビアを身近に感じられるものが少しずつ増えていくことを期待したいと思います。
オパナックの公式サイトはこちら
【文/小柳津 千早】大学卒業後、セルビア語を学ぶためベオグラードに留学。そこで日本語学科に通う女性と出会い、無職の身でプロポーズをして見事成功。現地で400人の前で結婚式を挙げる。帰国後、スポーツメディア関連会社に3年半勤務。現在はセルビア共和国大使館で通訳として働く。休みの日は妻と子供2人で公園を散歩するのが好き。