【文/本間 洋一】
もともと地理に疎い方の私は、それまでセルビアの名前は知っていたが、どの辺りに位置する国なのかも知らず、せいぜい音楽家やバスケットボール選手でセルビア出身だった人が居たなと思い出せる程度であった。それが今では友人のように交流している者がいる。
世界中から楽器の輸入をしている関係で、アメリカで行われる世界最大の楽器ショーに出向いたり、最近はインターネットを通して各地で行われる楽器ショーの情報収集をしている。ニッチ志向で、誰もが知っている著名なメーカーとのビッグビジネスではなく、他にはない、物語のある、作り手が見える楽器を提案するのがモットーだ。
ある時ヨーロッパの小さな楽器ショーの情報を検索していたら、それまで見たことのないあまりにも独創的なデザインのギターに一瞬で目を奪われた。これがゾラン・パンティッチ(Zoran Pantić)との第一遭遇である。
何とか彼を探し当てコンタクトを取ったのが2011年だからもうすぐ10年になる。最初は英語が苦手だった彼も、ネット翻訳などを使いメールでも雄弁になってきた。彼の作るギターはユニークながら一貫性のあるデザインになっており、イメージの源泉を尋ねたら、それはセルビアの踊りなどで見せる伝統的な3本指のサインから来ているという。一般的な売れ筋のデザインとは言えないものの、そこに文化が基としてあるなら尊重していかざるを得ない。
もともと木工技術者を本業としている彼がギターを作ろうと思ったのは、息子が興味を持ったからだという。自宅の作業場をギター用に改造し、全く一人で一から手工する彼のギターは独創的で温かみを感じる。あまりに個性的なデザインのため、数多く売れていくものではないが、セルビアの伝統を踏まえた彼の人柄をも感じられる手工品を日本に紹介できるのは悦びでもある。また、このことをきっかけとして、セルビア大使館でネナド・グリシッチ大使、アナ・コンティッチ参事官(両氏とも既に離任)、通訳の小柳津さんとお会いできたのは大変嬉しい驚きであった。
ゾランとメールでやりとりをする中、家族との暮らしの様子、住んでいる町周辺の自然、自分の作った家具、仲間たちとのサイクリングの様子などを見せてくれるようになった。
趣味である水彩画も見せてくれる(町では個展を開くレベルだそう)。
それらの様子は、自然あふれる小さな街での幸せを感じられる素敵な光景ばかりであり、いつかは訪れたいと思わせてくれる。
付き合いが長くなりお互い親しみを持つにつれて、ある時は、夫婦旅行資金のためにギターを買ってくれと言われて購入してあげたこともある。一方、昨年の春、日本でマスク不足だったときはセルビアで調達して送ってくれた。
ゾランと私は奇遇にも年齢もほぼ同じであることから、このように、すでに取引先ではなく友人としての交流に近い関係なっている。
<了>
Pantic & Son Guitars 職人ゾランが手掛けるギターの特設サイト
【文/本間 洋一】あぽろん株式会社取締役社長。ギター好きが高じて、大学を中退して新潟市の楽器店に就職。2017年より現職。技術経営学修士、芸術学士。独自の視点で日本では未だ知られていない物語のある楽器を世界各国から輸入し提案する、ちょっと面白い楽器店を標榜。単なる小売り店でなく、SDGs、三方よしの経営を模索中。