【構成/My Serbia】
セルビア在住で、美術史研究家の山崎佳夏子さんは、ベオグラードの美術館・ギャラリーをめぐり、旬のアート情報をMy Serbiaの「ベオグラードアート通信」で発信しています。大学院在籍中にセルビアに留学し、同国の近代美術を研究。その後、結婚、出産を経て、今では一児の母として子育てをしながら、美術以外の分野でも活躍の場を広げています。山崎さんの素顔に迫るべく、普段の生活、仕事についてお話を伺いました。(聞き手/古賀 亜希子)
セルビアに留学、そして移住へ
――まずは山崎さんがセルビアに興味を持った経緯を教えてください。
大学生の時にエミール・クストリツァ監督の映画を見たことがきっかけでした。専攻は美術史で日本の近代美術を中心に勉強していましたが、セルビアの中世美術を研究する鐸木道剛先生の存在を知り、多くの人が戦争のイメージしか持たない国を美術史の分野からアプローチするのが面白いのではないかと思い、大学院からセルビアに留学してセルビアの美術史を勉強することに決めました。
――美術史が専門ということで、お気に入りのアーティストはいますか。
ユーゴスラヴィア時代ならミチャ・ポポヴィチ(Mića Popović)、ヴァサ・ポモリシャツ(Vasa Pomorišac)が好きです。最近のアーティストでは、ベオグラードで活動するグラフィック・コレクティヴ、マトリヤルシヤ(Matrijaršija)に注目していますが、子育てがあるので取材や彼らのイベントをなかなか見にいけないのが残念ですね。
――セルビアに移住するきっかけは何だったんですか?
初めは留学生としてセルビアへ行き、学生として1年半過ごしました。その間に夫と知り合いセルビアで結婚することに決めました。
――セルビアで家庭を持ち、セルビア人との付き合いが増える中、新たに気づいたことはありましたか?
セルビアの人たちはいい加減なところもあるけれど、基本的にはフレンドリー。例えば、公共交通機関では妊婦や子連れには必ず席を譲ってくれて、身近な他者に思いやりを見せることが普通です。なのでシステムは整備されてないけど、最後はなんとなく辻褄が合うようになっている。最初はそういうところに戸惑いましたが、それはそれでいいところなんだなと思うようになりました。
――ベオグラードでは、サヴァ川沿いの地域で再開発が進み、高層ビルやマンションが建つなど、ここ数年間で景色がだいぶ変わりましたね。セルビアに長く暮らす中で、生活に何か変化はありましたか?
5年前くらいまでは物価もそんなに高くなく、お気に入りのカフェなんかもあったのですが、あっという間に景色が様変わりしてしまいました。あまり街で過ごすこともなくなりましたね。子どもがまだ4歳なので、近所の公園で思いっきり遊ばせたり、アイスクリームを一緒に食べたりするのが日常です!
――セルビアでの育児はいかがですか? 先ほど子連れに優しいとお話しされていましたが。
セルビア人はフレンドリーで、子どもに優しいので、そういうところは日本よりもきっと良いのだろうなと思います。公園で知らない子同士が遊ぶのは普通です。時々面食らうのは、セルビア語は子どもに対してもちょっと汚い言葉やキツめの言葉を使うので、子ども同士がそういうやりとりをしているのを見るのは疲れますね。
――料理が好きで、以前セルビア料理のレシピをネットで公開されていましたね。家庭では普段どういうものを作っていますか? また、セルビア料理の魅力を教えてください。
セルビアのレシピをまたネットにアップしたいと思っているのですが、使う食材が日本と全然違うのでレシピ選びをするのがなかなか大変で……。普段は日本食もセルビア料理も両方作ります。セルビア料理の魅力は味付けがどうというよりも、素材や作り方(煮込む時間や作る量など)に味が左右されるところですかね。
洋服ブランドの立ち上げ
――山崎さんは約1年前に、ハンドメイドの洋服ブランド「Peppermint Delight」を立ち上げ、新たな活動を始めました。発足の経緯とブランドのコンセプトを教えてください。
妊娠中にベオグラードの洋裁クラスの初級コースに参加し、ミシンを買ったのをきっかけに、家で色々と作るようになりました。日本の洋裁本から洋服を作るにつれて、日本とセルビアでは洋服への意識や歴史が違うことに気がつきました。例えば、セルビアの女性はタイトなセクシーな服を好み、素材も体のラインを綺麗に出す化学繊維などを好みます。一方で日本は真逆。体型を隠すような服、麻や綿素材などの天然素材へのこだわりがすごく強いです。そういった文化の違いを意識しながら、セルビアと日本の衣服の感覚を融合するような服を発表したら面白いのではないかと思って、始めました。
――立ち上げから1年が経ち、先日、展示会に初めて出店されました。どんな印象を受けましたか?
これも文化の違いなのですが、セルビアは日本に比べてハンドメイド人口が比べて圧倒的に少ないです。日本では匿名でオンラインでハンドメイド服を作って売ることが一般的ですが、ここではそんなことをやる人はいないし、顔の見えない相手とのやりとりは気持ち悪いそうです。なのでセルビアではハンドメイドであっても、誰かに買ってもらうにはブランド化しなくてはなりません。インスタグラムでの投稿を始めて1年ほど経ちましたが、友達以上の人にリーチするように、今回初めてマーケットに参加しました。セルビアではハンドメイド=民芸品という意識も強くあって、そういう文化が見えたのも面白かったですね。
――ご自身の研究に、育児に、ブランドにと大忙しの山崎さんですが、これからやってみたいこと、目標などはありますか?
今は美術について調べる時間がないので、もう少し時間ができればいいなと思います。ブランドはビジネス目的というよりも、日本の「ものづくり文化」の紹介や環境配慮のためにも、細く長く続けられれば良いなと思います。
――最後に、山崎さんにとってセルビアの魅力は何ですか?
素朴なところですね。人柄もオープンな人が多いですし。文化は日本や西洋みたいにお金をふんだんに使ったような宮廷文化のようなものはないけれど、文化のヒエラルキーの地盤が弱いので、やる気さえあれば一般市民がなんでも好きに始めて、ある程度形にできるところが面白いところだと思います。
【プロフィール/山崎 佳夏子】美術史研究家。ベオグラード在住。岡山大学大学院在籍中に1年半ベオグラードへ留学し、セルビアの近代美術の研究をする。一時帰国を経て再度ベオグラードへ渡航し結婚。2020年に生まれた長男の育児中。主な著作に『スロヴェニアを知るための60章』(共著、明石書店、2017年)、『ボスニア・ヘルツェゴヴィナを知るための60章』(共著、明石書店、2019年)(共に美術の章の担当)。