My Serbia(マイセルビア)

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職人の想いを伝える——セルビア初・日本包丁専門店の矜持【特別インタビュー】

【構成/My Serbia】

セルビア初の日本包丁専門店「BE SHARP」は、元プロの料理人であるボグダンさんとターニャさん夫妻が、自分たち自身のために「本当に信頼できる道具」を探し続けたことから始まった。やがてその体験は、料理人仲間へ、家庭で料理を楽しむ人へと広がり、日本の職人が一本一本に込める想いや哲学とともに、包丁を通して人と人をつなぐ場所へと育っていく。何を大切にし、どんな想いをのせて届けているのか。日本の職人と真摯に向き合い続ける二人の言葉に耳を傾けた。(聞き手/My Serbia – 小柳津 千早)

ターニャさんとボグダンさん
人は本物の品質には抗えない

――まず、日本製の包丁を取り扱う店を開こうと思ったきっかけを教えてください。

短く言えば「純粋な情熱」です。ただし、その背景にはもう少し深い理由があります。このアイデアは、元プロの料理人である私たち自身が、切れ味が常に良く、信頼できる道具を必要としていたという、極めて個人的な体験から生まれました。当初は自分たちのための問題でしたが、その思いは次第に料理人仲間へと広がり、「どうすれば自分もそんな包丁を持てるのか?」という声が集まるようになりました。そうして彼らが、私たちにとって最初のお客さまとなりました。

料理人から料理人へと噂は瞬く間に広がり、やがてお客さま自身の要望に後押しされる形で、バルカン半島地域で唯一となる日本包丁専門店を開くことになったのです。「道具がなければ仕事は成り立たない」と言われますが、同時に、人は本物の品質には抗えません。日本の包丁、そして一本一本に向き合う職人たちの献身と哲学——それらの小さな“芸術作品”は、初めて手にした瞬間から私たちを強く惹きつけました。

――「牛刀、「三徳」、「菜切」など、包丁のラインナップは非常に多彩ですね。

はい、私たちの品揃えは、初心者からプロフェッショナルまで、あらゆる方に合うように構成されています。包丁選びを検討されるすべての方に、まずお伝えしている基本的なポイントがいくつかあります。例えば、最初の一本はできるだけ汎用性が高く、幅広い用途をカバーできる包丁がおすすめです。代表的なものとしては、「牛刀」、「三徳」、「文化」が挙げられます。女性が使われる場合は、先端が丸みを帯びて下向きになっており、日本の家庭で最も親しまれている「三徳」が選ばれることが多いです。一方、男性には「牛刀」や「文化」が適しているケースが多いですね。

初心者の方には、手に持ったときのフィット感や、直感的に「好きだ」と感じるデザインを大切にしてほしいとお伝えしています。本当に気に入った包丁は、文字どおり一生付き合える道具になります。一方でプロの方は、美しさよりも機能性や耐久性を重視されます。ハードな現場でも安心して使えることが重要で、そうしたニーズにも十分に応えられるラインナップをそろえています。また、刃渡りの長さも見逃せないポイントです。体格の大きい方には長めの包丁が扱いやすく、その逆も同様です。こうしたアドバイスは、店頭やお電話でも丁寧にお伝えしています。一本一本に向き合いながら、最適な包丁選びを全力でサポートしています。

――ちなみにセルビアの一般家庭では、どのような包丁が最も使われていますか? 日本のように、食材ごとに包丁を使い分ける習慣はありますか?

セルビアの平均的な家庭では、包丁は主に3本――小型包丁、大型包丁、そして波刃の包丁が使われています。これは長く一般的な考え方として受け入れられており、今でも多くの人が最も合理的な選択だと考えています。ただ、魚をさばく、切り身を薄く切る、など用途に合った専用の包丁が存在する日本とは異なり、セルビアではこうした作業の多くを「万能な大きな包丁」一本で済ませるのが一般的です。とはいえ、この傾向はゆっくりと、確実に変わりつつあります。新しく家庭を持つ若い世代を中心に、用途に応じた質の高い、充実した包丁セットをそろえる人が増えてきています。

――日本の包丁は、セルビアの料理文化や調理方法に、どのような影響を与えているとお考えですか? 例えば、肉のカットや大鍋料理の下ごしらえといった場面では、どのような違いが生まれるのでしょうか?

とても良い質問ですね。実は、切れ味の良い包丁が料理の仕上がりに大きく影響することは意外と知られていません。鋭い包丁は料理の見た目を美しく整えるだけでなく、いわば「味の質」そのものを引き上げてくれます。セルビアでは「まず目で食べ、次に口で食べる」とよく言われますが、まさにその通りです。また、切れ味の良い包丁は調理中の安全性とスピードも高めます。切れない包丁ほど余計な力が必要になり、作業効率が落ちるだけでなく、怪我の危険性も高まります。セルビアの煮込み料理のほとんどは、大量の玉ねぎを刻むところから始まります。そうした下ごしらえの場面でこそ、日本の包丁の切れ味と使いやすさが、はっきりと実感できるのです。

――包丁以外にも、砥石、研ぎ棒、包丁ケースなどの関連用品を取り扱っていますが、特に人気の商品は何ですか? 

包丁以外にも、世界最高峰と評価される砥石を取り扱っており、シャプトン、ナニワ、キングといった、日本を代表するメーカーの製品をそろえています。研ぎは、とても奥深く、趣味としても楽しめる作業です。自分の手で切れ味を取り戻す達成感があり、しかも実用的な結果が必ず得られます。一方で、時間が取れない方には、包丁の研ぎやメンテナンスを私たちにお任せいただくことも可能です。

近年では、鍛造フライパンやコンロ型ロースターなど、日本の調理器具への関心も高まっています。最近では、日本のウイスキーもセルビアで注目を集めており、江戸硝子の底に富士山が砂掘りされたロックグラスは常に完売するほどの人気です。

――来店される方は、どのような層が多いのでしょうか? プロの料理人や家庭料理の愛好家、あるいはものづくり志向の若い世代など、どのような方が中心ですか?

ここ数年、集中的かつ真摯に取り組んできた結果、セルビアの一流料理人で、自分の仕事に誇りを持つ人であれば、すでに私たちの包丁を使っているか、少なくとも私たちの活動をよく知り、購入を検討してくださっています。これは、私たちにとって本当に誇りに思えることです。

次に多いのが、「記憶に残る贈り物」を探して来店される方々です。粗悪なコピー品があふれる市場の中で、私たちの店が日本の地理的原産を持つ真正な製品だけを扱っていることをご存じだからです。つまり、私たちのお客さまは「本物」を求める人たちだと言えるでしょう。さらに、オフィスワークや在宅勤務の増加により、料理そのものを楽しむ人が増えてきました。そうした方々が、より良い体験を求めて「正しい道具」を探し、最終的に私たちのもとへたどり着くのです。

――日本の包丁は品質だけでなく、定期的なメンテナンスの重要性でも知られています。セルビアでは自分で包丁を研ぐ文化が一般的ではありませんが、その必要性をどのように伝えていますか?

これは私たちのビジネスにおいて非常に重要な要素であり、すべてのお客さまに対して、包丁の手入れや研ぎについてのガイドを、口頭と書面の両方でお渡ししています。もちろん、すべての方が自分で包丁を研ぐことを前提にするのは現実的ではありません。そこで、私たちが誇りを持って提供しているのが、専門の研ぎサービスです。

胸を張って言えるのは、私たちの研ぎサービスは、日本で受けられるものと同等のレベルにあることです。同じ技術と道具を用いており、その品質は、多くのお客さまからの高い評価だけでなく、日本の職人さんたちからも認められています。ヨーロッパでも最高水準の研ぎサービスだと自負しています。このサービスはすべてのお客さまに周知しており、当店で日本包丁をご購入いただいた方には、優待価格でご利用いただけます。

セルビアの人々に日本の職人さんたちの想いを届ける

――「BE SHARP」は単なる店舗ではなく、日本の職人文化を伝える場所でもあるように感じられます。日本の職人さんや刃物製作所との関係をどのように築かれたのでしょうか。

日本の包丁を求める方だけでなく、別のかたちで日本文化を愛する方々も、店をよく訪れてくださいます。店内は次第に、さまざまな経験や価値観が自然に共有される場所となってきました。今後も、そうした空気感を大切に育てていきたいと考えています。

私たちは、日本のパートナーにとって最良の代表者でありたいと常に意識しています。単に商品を紹介するのではなく、セルビアの人々に、日本の伝統技術、職人さんの想い、その背景にある体験まで含めて届けることが、私たちの役割の一部だと考えています。一本一本の刃に注がれる職人さんたちの努力と情熱を知るほど、その物語を自国の人々に伝えたいという想いは強くなります。私たちはそれを実践し、その姿勢を日本の職人さんたちも評価してくれています。良い評判は自然と広がるものです。この数年間で築いてきたパートナーネットワークを、私たちは心から誇りに思っています。

――日本の刃物製造所を訪問されたり、日本のパートナーの方々をセルビアに招かれたりしていると伺いました。「BE SHARP」が日本の製造所と直接協力する代理店であることを、どのように受け止めていらっしゃいますか。

これまでに日本を何度か訪問しています。現地を訪れることで関係がより強固になるだけでなく、最新の動向や、これから活躍が期待される若い鍛冶師、刃研師さんについても、直接知ることができます。日本の刃物製造者が海外輸出を始めることは決して簡単ではありません。そこで私たちの役割があります。セルビアにおいて日本包丁への高い関心と信頼を得ている私たちが、彼らの名前やブランドを紹介することは、双方にとって大きな価値を生み出します。生産者、販売者、そして最終的に使う人――そのすべてが満足することこそが、健全で長く続く関係を築くための鍵だと、私たちは考えています。

――「BE SHARP」の今後の展望について教えてください。新ブランドの導入、ワークショップの拡充、日本とのさらなる文化交流などの構想はありますか?

私たちは日々トレンドを追うだけでなく、自ら生み出すことも意識しています。この分野に、立ち止まる余地はありません。将来有望な職人さんを探し続ける一方で、入手が極めて困難な、唯一無二の商品を届けるための取り組みも続けています。世界中で高い需要があり、完成までに何年も待たなければならない名匠の包丁も少なくありません。そうした特別な一本を、今後さらにご紹介できることを願っています。

また、より多くのセルビア人が日本を訪れ、現地でその文化やものづくりを体験してほしいとも考えています。現在は両国の距離も以前より縮まり、決して安価ではないものの、かつてに比べれば現実的な選択肢になっています。将来的には、バルカン半島地域で新たな店舗を開く構想もあります。セルビア以外の市場においても、ベオグラードと同じ水準の品揃え、知識、そしてサービスを提供することが私たちの目標です。

店舗情報

BE SHARP

住所:Dvadeset sedmog marta br.15, Beograd 11000


【プロフィール/BE SHARP】セルビア初の日本包丁専門店。元プロの料理人であるボグダンとターニャ夫妻が、自らの経験をもとに立ち上げた。日本の職人が手がける包丁を中心に、選び方の提案からメンテナンス、研ぎサービスまでを提供し、日本の包丁文化とものづくりの魅力をセルビアに伝えている。

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