【文/小柳津 千早】
セルビアの2大クラブ パルチザンとレッドスター
セルビア1部リーグのパルチザンに所属するFW浅野拓磨選手の勢いが止まりません。4月16日に行われた第32節のマチュヴァ戦では2試合連続となるゴールを決めて、今シーズンのリーグ得点数を18に伸ばしました。得点ランキングトップを走る選手とは2ゴール差。今シーズンは残り6試合で、得点王を十分に狙える位置につけています。
浅野選手の活躍をレッドスター(セルビア語でツルヴェナ・ズヴェズダ)のサポーターはどのような目で見ているのでしょうか。というのも、パルチザンとレッドスターはセルビアの2大クラブで、常に優勝を争うライバル同士。サポーターは敵対関係にあります(スペインでいうバルセロナとレアル・マドリードのようなもの)。ダービー戦はいつも物々しい雰囲気の中で行われ、サポーター同士の衝突も頻繁に発生します。レッドスターを応援する人たちにとって浅野選手の活躍はきっと面白くないことでしょう。
私の妻(セルビア人)の妹マリヤは、レッドスターの熱狂的サポーター(通称:デリエ)です。2~3年前にレッドスターがチャンピオンズリーグに出場したとき、フランス、イタリア、ドイツ、ギリシャでのアウエー戦をサポーター仲間と車で遠征に出かけるほどの信者です。当然、パルチザンは「大嫌い」と言う彼女に浅野選手に対する評価を聞いてみることにしました。
その前に、マリヤのクラブ愛を物語るエピソードをいくつかご紹介しましょう。まず、私の長男の出産祝いがレッドスターのロゴが入ったベビー服、帽子、おくるみでした。出産に合わせて来日した義母がスーツケースから「これマリヤからね」とプレゼントを取り出したときは笑うしかありませんでした。産後の退院時、長男はクラブのシンボルカラーの赤白に包まれていました。本人は選択の余地を与えられず、産まれた瞬間にデリエにされたのです(笑)。
続いて、私とマリヤがセルビアのベビー用品店で長男の靴下を探していたときのことです。私は偶然にもパルチザンのロゴがデザインされた靴下を手に取ってしまいました。すると、間髪を容れず「触らないで!」と横から鋭い声が飛んできたのです。その後、冷静な顔で「たとえ偶然だとしても」と念を押されたときは恐怖すら感じました。
最後は、次男が産まれたとき。長男には衣類でしたが、次男にはふとんのプレゼントでした。寝ているときもレッドスターがすぐそばで見守ってくれるらしいです。
マリヤは浅野選手をどう評価するのか
マリヤは長男誕生後に初来日し、すっかり日本の虜になりました。見るものすべてが驚きの連続で、それまで保守的だった彼女の生き方を変えるほどでした。何より日本を一層好きになり、サッカーに関してもヨーロッパでプレーする日本人選手を応援するようになりました。
そんな「レッドスター好き、日本好き」のマリヤに「大嫌いなパルチザンに所属する日本人選手」の活躍について感想を求めるとどう反応するのか。少しいじわるな質問ですが、さっそく彼女に電話してみました。
まかさの展開です。というか、ものすごいプロ意識です。しかし、ここで引き下がるわけにはいきません。「お願いだから何か一言ほしい」と懇願した結果、彼女は答えてくれました。
みなさん、これが答えです。これが真実です。いくら彼女が日本びいきと言えど、いくら身内に日本人がいたとしても、大嫌いなクラブでプレーする選手は知ったこっちゃない、どうでもいい、ということらしいです。そこに気遣いや配慮はこれっぽっちもありません。もっと優しい言葉を期待していた私が甘かった……。そう思っていると、こんな言葉を残してくれました。
なんて素敵な言葉でしょう。一応は認めてはいるんだな、と感慨に浸っていると、
と、余裕のコメントが飛び出しました。結局、マリヤは浅野選手に対してあまり興味を持っていない、ということが分かりました……。
すると、最後に
友人が自分の嫌いなクラブを応援していても友情が一番というわけです。なんだかほっこりします。
それでは最後にマリヤの友人で、生粋のパルチザンサポーターのミロシュ君のコメントをご紹介して終わりにしたいと思います。
※1. セルビアでは浅野選手のジャガーポーズをトラと認識している人が多い。おそらく彼も。
ちなみに私はレッドスターのファンですが、浅野選手の残り試合の活躍と得点王に心から期待したいと思います。
【文/小柳津 千早】大学卒業後、セルビア語を学ぶためベオグラードに留学。そこで日本語学科に通う女性と出会い、無職の身でプロポーズをして見事成功。現地で400人の前で結婚式を挙げる。帰国後、スポーツメディア関連会社に3年半勤務。現在はセルビア共和国大使館で通訳として働く。休みの日は妻と子供2人で公園を散歩するのが好き。