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セルビア滞在記2022―壁画修復プロジェクト① 視察編

【文/嶋田 紗千】

2021年のジュルジェヴィ・ストゥポヴィ修道院に引き続き、日本の民間団体の寄付を得て、ヴェリキ・クルチミル村(セルビア東部ガジン・ハン)にある聖堂の壁画修復プロジェクトを今年も行っています。詳しくはこちらをご覧ください。

昨年は保存修復作業の全工程(約2ヶ月間)を見学しましたが、今年は2回目なので、現地へは視察のみで、主に広報活動(講演会とワークショップ)をセルビア国内で行いました。少し長くなってしまうので、「セルビア滞在記2022」は3回に別けてお届けいたします。今回は「視察編」です。

修復作業の様子

プロジェクトのアドバイザーをして下さっている恩師の鐸木道剛(すずきみちたか)先生と、撮影担当として近現代美術史をベオグラードで研究している後輩の山崎佳夏子さんと、私の元・岡山大学所属3名でヴェリキ・クルチミル村を訪れました。

修復している聖堂は山間部にあり、公共交通機関では到底辿り着けないところにあります。そのため、ベオグラードでレンタカーを借りて、鐸木先生と私が交互に運転して向かいました。私はセルビアで運転するのが初めてで、右側通行と車の機能が日本とは左右逆なことに戸惑いながらも徐々に慣れていきました。

ヴェリキ・クルチミルはとても小さな村なため、近くの都市レスコヴァツに宿をとりました。移動の日はとても天気がよく、青空に浮かぶ入道雲をかき分けて進むようにベオグラードからレスコヴァツまで約300kmの高速道路を駆け抜けました。

高速道路での景色

保存修復作業は8月中旬から約2ヶ月半を予定しています。訪問した9月下旬は後半の作業であるレタッチ(着彩)が始まったところでした。昨年の秋、この聖堂を訪れた時とは全く異なり、埃や煤、塩分が取り除かれ、そして壁の凹凸も軽減していました。日々懸命に作業している5人の修復家のおかげで、描かれた図像はかなり鮮明に見えるようになってきています。

現地では神父さんたちが待っていてくださり、テレビや新聞の取材がありました。「中世時代の価値ある美術がなければ、近代美術は生まれなかった」という鐸木先生の素晴らしいインタビューが収録され、多くのメディアで取り上げられました。

ヴェリキ・クルチミル昇天聖堂前での取材風景

その後、私たちは昨年修復したジュルジェヴィ・ストゥポヴィ修道院(セルビア南西部のノヴィ・パザル周辺)を視察するため、セルビア東部から中部にあるストゥデニツァ修道院へ4時間かけて移動しました。

途中、2年前に再建された鐘楼を調査するため、クルシュムリヤの聖ニコラ修道院に立ち寄りました。ここはジュルジェヴィ・ストゥポヴィ修道院の原型といわれ、二つの鐘楼が隣接した聖堂があります。セルビア中世建築の最初期様式の類似性を確認してきました。

話は戻りますが、ストゥデニツァ修道院は中世セルビア王国の創始者であるステファン・ネマニャが建立したセルビアを代表するラシュカ様式の建築物とフレスコ画が見られることで、歴史的にも文化的にも重要な修道院です。

私は毎年ここの修復作業を見学しており、修復家たちとも交友があります。事前に撮影許可がとれたことを伝えてあったので、足場に乗って壁画を間近で観察・撮影することができました。

ストゥデニツァ修道院は来客者用のコナック(宿泊施設)が独立しており、食事の時間帯を選べることや、ノヴィ・パザルまで車で1時間、ベオグラードまで3時間で行ける立地のため、二泊しました。

ちょうど滞在中に聖母が生まれた日(生神女降誕祭、9月21日)を記念した盛大なお祈りが行われました。それを仕切っていたティホン修道院長はイコン研究者でもあります。イコン画家山下りん研究をしている鐸木先生と一緒に伺ったので、時間をとって下さり、とても有意義な交流ができました。

ストゥデニツァ修道院でティホン修道院長とともに

そこからノヴィ・パザルへ向かい、10カ月ぶりにジュルジェヴィ・ストゥポヴィ修道院へ。ドラグティン王礼拝堂の壁画の状態を確認しながら、昨年どのように保存修復作業が行われたのかを礼拝堂内で鐸木先生と山崎さんに説明しました。

ここのガヴリロ修道院長は、この一年間取材が来るたびに修復プロジェクトのスポンサーの1つである金鳥(大日本除虫菊株式会社)の話をしてくれていました。セルビア原産の除虫菊を使って日本で蚊取り線香が作られたことはセルビア人にとって誇りのようです。預かってきた蚊取り線香をお渡ししたところ、大変感激されていました。

ガヴリロ修道院長と蚊取り線香

また、同修道院と同じく世界遺産のペトロヴァ・ツルクヴァ(聖使徒ペテロとパウロ聖堂)とソポチャニ修道院へも寄り、ラシュカ地方のフレスコ画を堪能してきました。事前に連絡しておいたので、修道士さんや神父さんたちが温かく迎えてくださり、とても心和む時間を過ごすことができました。

本プロジェクト「ヴェリキ・クルチミル昇天聖堂(セルビア)壁画修復」へご支援くださった在大阪セルビア共和国名誉総領事館(大日本除虫菊株式会社内)、そして住友財団に深く感謝いたします。

来週は「講演編」をお届けいたします。


【文/嶋田紗千(Sachi Shimada)】美術史家。岡山大学大学院在学中にベオグラード大学哲学部美術史学科へ3年間留学。帰国後、群馬県立近代美術館、世田谷美術館などで学芸員を務め、現在、実践女子大学非常勤講師、セルビア科学芸術アカデミー外国人共同研究員。専門は東欧美術史、特にセルビア中世美術史。『中欧・東欧文化事典』丸善出版に執筆。セルビアの文化遺産の保護活動(壁画の保存修復プロジェクト)に従事する。

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