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【アイバル=キャビア?】3億年前の魚が食べられるセルビア共和国

【文/平野 達也】

みなさん、ドバル・ダーン(こんにちは)!

YouTube「セルビアちゃんねる」の代表をしております平野達也です。

この度はMy Serbiaの運営者様からセルビアの魚についての記事をリクエスト頂きましたので「とある魚」に焦点を当てて書かせていただきます。

写真:vojvodina.travel

セルビアにはドナウ川沿いに水上レストランが沢山あります。春から秋にかけて、そよ風を感じながらのお料理とビールやワインは最高です。

そんな水上レストランのメニューを見ると、よく「kečiga/ケチガ」と表記されています。「kečiga」はセルビアに住む日本人の間では「チョウザメ」として知れ渡っており、日本でも「キャビアの魚」として有名です。

キャビア以外の部分を日本で食べられるお店は非常に稀ですが、小麦をつけてカリカリに揚げられた皮とホクホクで柔らかな白身はお酒とも良く合い、日本からの旅行者に振る舞った邦人も少なくないはず。

(写真:平野達也)

さて、そのチョウザメですが、実はチョウザメには色々な種類があり、レストランで「チョウザメ」として提供されている魚は「ベステル」という魚種がほとんどのようです。理由は後ほど述べますが、ベステルは元々、旧ソ連でオオチョウザメのメスとコチョウザメのオスを養殖のために掛け合わせた巨大にはならない魚です。今年の5月に琵琶湖でベステルが捕獲されたことで日本でも少し話題になりました。

現在、ドナウ川には、オオチョウザメ(Moruna/ モルナ)、コチョウザメ(Kečiga/ケチガ)、ベステルの3魚種のチョウザメ科が生息しているようで、釣り場で釣れているの大半はコチョウザメ、ベステルの2魚種がほとんどです。

(チョウザメ科は大きさにより判別が難しく、本記事では魚種が正確にわからないものは、この3魚種を「チョウザメ」として表記します。)

セルビアとチョウザメの歴史は深く、黒海にいたチョウザメがドナウ川を上り、生息し始めてから約2億年、書物によっては3億年と言われており、いわゆる残存種、古代魚の1魚種です。ドナウ川が流れるヨーロッパの各国の古書にもチョウザメが描かれているものが多くあります。また、古代ローマ時代、時の王に献上された歴史があり「皇帝の魚」として大切に扱われていました。

チョウザメのような「鱗のない魚は長命で大きくなる」というのが定説で、オオチョウザメは100年生きる魚とも言われており、黒海からドナウ川を約850km上り、ルーマニア国境に位置するセルビア東部のジェルダップ国立公園付近(クラドヴォ市)で産卵をしていました。この付近には約70名の漁師がおり、80kgから188kgまでの大きなチョウザメが捕獲されていたそうです。1967年に捕獲された下の写真のオオチョウザメからは約20kgのキャビアが取れたそうです。

クラドヴォ市立文化センターにある図書館のネイティブコレクションより/1967年188kgのオオチョウザメがトラクターで引き上げられた後に撮影された(写真:politika.rs)

その時代、キャビアは高値(1kg100マルク)で取引され、白身は「仔牛の肉に似た柔らかな身」と評され、漁師たちは富を築きました。理由は分かりませんが、当時はキャビアのことを「Ajvar/アイバル」と呼んでいた人も多かったそうです。

現代でアイバルというとパプリカペースト(写真:makoto-delicious.com)

その後、1964年にユーゴスラビア社会主義連邦共和国とルーマニアの共同プロジェクトでドナウ川にジェルダップ・ダムが建設されました。これにより、ドナウ川の氾濫は減り、漁師たちは安心して漁が行えるようになりましたが、チョウザメは減少の一途をたどります。1970年代前半になると、この地方の多くの漁師が職を失うほどチョウザメは獲れなくなりました。

ジェルダップ峡谷・ジェルダップ要塞前(写真:セルビアちゃんねる動画より)

このダムの完成以後、大きなチョウザメは姿を消してしまいましたが、レストランで提供されているような30cm〜40cmの小型な個体は、現在でもドナウ川に生息しています。

しかし、チョウザメ(特にコチョウザメ)は減少に減少を重ね、2011年の約22.5tあったコチョウザメの年間漁獲量は2017年には9tになりました。

セルビアで獲れる魚は年間5000tといわれていますが、その20%から30%は密猟と推測されています。また、「政府に報告されていない違法な手段、時期(例えば、コチョウザメは3月から6月は産卵期のため禁漁)の漁獲量は年間10000t以上あると推測される」とセルビアの環境省は危惧しています。

これらの背景にはチョウザメが1kgあたり10〜15ユーロの高値で取引されており、平均月給450ユーロの漁師たちには貴重な資金源になっていることが一因になっています。また、絶滅危惧種に指定してチョウザメ漁を禁止しているウクライナ、ルーマニア、ブルガリア、ハンガリーとは異なり、セルビアではルールを守れば合法的に漁ができる環境と人為的に密猟を取り締まることが難しい地方行政の資金難も要因になっています。

コチョウザメは地産地消の場合が多く、田舎のレストランなどでは、たまに「これ、コチョウザメでは?」というものが出てきます。しかし、上記の理由から、本記事の最初に出てきた「レストランのチョウザメ」のほとんどが養殖された「ベステル」という場合が首都ベオグラードなどの大都市では一般的です。

みなさんもセルビアを訪れた際には、この魚から感じる歴史とドナウ川のそよ風を楽しみながら味わってみてください。個人的にはベステルの長く伸びた鼻のような部分が「かっぱえびせん風」の味がして、ビールと一緒に味わうのが好きです。

最後に昔、捕獲されたチョウザメ集です。

1910年頃に首都ベオグラード近辺のドナウ川で捕獲されたオオチョウザメ(135 kg) – 頭と胸ビレを持っているのはセルビアの有名な数学者ミカ・ペトロヴィッチ・アラス/Mika Petrović Alas(写真:ravnoplov.rs)
1964年にイェレンビールを製造しているアパティン市近辺のドナウ川で捕獲されたオオチョウザメ。この魚を最後にこのエリアではチョウザメが獲れなくなった(写真:ravnoplov.rs)
1920年代にロシア・モスクワで捕獲されたオオチョウザメ(写真:ravnoplov.rs)

長文を最後までお読み頂きありがとうございました。

じゃぁ、またね〜〜〜。


【文/平野 達也】セルビアの首都にあるベオグラード大学文学部で日本語講師をしながら、YouTube「セルビアちゃんねる」で日本の方にセルビアの魅力をお伝えしているセルビア長期滞在者。

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