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墓地探訪①【ベオグラード雑記帳・第7回】

【文と絵/竹内 まゆ

ベオグラードのZvezdara地区には「Novo Groblje」(新墓地)と呼ばれる公営墓地がある。1886年に整備されたこの墓地は、30ヘクタールという広大な面積を有し、著名人や戦没者を含む約34万人の人びとが眠る。ノーベル文学賞を受賞した小説家イヴォ・アンドリッチ(Ivo Andrić)のお墓があるのもこの場所だ。Ruzveltova通りの西側には、第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの占領から解放を求めて戦った兵士たちの墓、そしてユダヤ教のお墓もある。今回はNovo Grobljeのなかで最も大きな面積を占める東側のメインの墓地について書きたいと思う。

この墓地は一般の人々にも解放されており、開園中なら誰でも敷地内に入ることができる。建築はビザンティン様式と呼ばれるようだが、建築に詳しくない人でも、薄茶色と煉瓦色の二色で彩られた古い外壁や緑青色の丸屋根の美しさに足を止めてしまうはずだ。はたしてこの塀の向こうはどうなっているのだろう…。しかし死者の魂が眠る場所に気軽な気持ちで足を踏み入れてよいのだろうか…..。逡巡するも、心の迷いは正面入り口で早々に打ち砕かれる。「MUZEJ NA OTVORENOM」と書かれた大きなバナー、「OPEN AIR MUSEUM」と英語でも併記してある。墓石を屋外の芸術作品として鑑賞することを墓地側が提案しているくらいなので、故人への敬意とマナーを忘れずにさえいれば基本的に誰でもウェルカムなのだ。ここにはセルビアの歴史を形成してきた多くの偉人たちのお墓があることに加え、130人の彫刻家によって作られた1,597体の彫刻もある。ミュージアムの名の通り、セルビアの歴史と芸術について学べる場所でもある。

しかし実際は、墓地を訪れて学びを得ようとする人は稀であるため、墓地内で見かける人びとは弔問客や墓参者ばかりだ。ベオグラードの路上はお世辞にも綺麗とは言えないのだが、墓地の中に入るとゴミ一つなく、植栽も時間と手間をかけて丁寧に世話されていることがわかり、清潔な空間に心が安らぐ。都心の喧騒から逃れるのにもちょうどいい。本記事では、墓地内や周辺で見かけた光景、人びとの様子を紹介してみたい。

花を売る人、買う人

墓参りに必要なものといえば花。石を供えるユダヤ教のお墓は例外として、故人への想いを届けるために花を用いるのは国や宗教によらず共通なのかもしれない。墓の正面入口には墓地オフィシャルの花屋が設置されているのだが、その手前の路上ではロマの人びとが花を売っている。露店の多くは2人1組で切り盛りされており、女性だけでなく男性も花束を作り、道行く人に声をかけつつ花束を売りさばく。

花の種類はバラや百合、ガーベラ、そして意外なことに菊もある。菊の色は白と黄が多いが、白い菊に何らかの方法で人工的に着色したカラフルな菊も売られている(茎や葉まで染料がついている)。菊を目にした瞬間、日本でお寺の近くにある花屋の店先に立っているような錯覚を覚えるのだが、オレンジやマゼンダ、紫、青など鮮やかに色付けされた菊を見てセルビアに引き戻される。菊の花を買う人を多く見かけた。アジアで愛されてきた仏花はセルビア人の心にも共鳴するようだ。

花の種類は季節によって多少変化はあるのだろうが、バラや菊の花にもみの木の切り枝を組み合わせた花束が多い。一番小さな手頃なサイズのものだと730RSD、両手で抱えるくらいの一回り大きなものは1,000RSD、オフィシャル花屋で売られている大きなものには、4,000RSDから12,000RSDと幅広く、葬儀や式典のために作られているものだろう。(2025年12月時点で1セルビアディナール=RSDは1.55円)店先に並ぶ花以外のものでは、蜜蝋のキャンドルや、屋外に置いても火がすぐに消えないように工夫された容器入りのろうそくがある。

©Mayu Takeuchi
ドレスコード

墓に集う人びとのドレスコードは厳密ではないのだが、黒い服を身につけている人が多い。日本のように”喪服”というジャンルで販売されている服はないため、市販されている黒い服から選んで葬式や法事の時に身につけることになる。葬儀の参列者のなかには、ジーンズ姿の人もいたりしてカジュアルな装いの人も見かけた。服装の一部に黒色が取り入られていればOKくらいの感覚なのだろう。クローゼットの中から黒い服を引っ張り出して急いで身につけてきました、という風情だ。細かい服装の決まりよりも葬式に駆けつける人びとの気持ちのほうが優先されている感じがして良い。

葬式もしくは墓参りを終えバス停に向かう年配の女性を見かけたが、黒色の巻物に履き物、カチューシャとヘアクリップまで黒い色でまとめられており、年代によっては黒い衣服や小物を身につけることにより意識的なのかもしれない。

©Mayu Takeuchi
墓地を走る特別な車

セルビアにおける主な埋葬方法は、宗教的理由により土葬である。火葬は少数派であるものの、故人が生前にその希望を明確に示していれば選択でき、この墓地でも火葬を受け付けている。セルビアでの一般的な葬儀のスタイルは、墓地に亡くなった方の家族・親族、友人や関係者が集い、棺を取り囲んで最後のお別れをし、喪主による追悼スピーチ、そして司祭による儀式が執り行われる。このあと土葬の場合は、ご遺体が納棺された状態で墓に掘られた穴に埋められることになるのだ。このため、墓地内で棺を運搬する車両が存在する。

墓地を入ってすぐ左手のスペースはご遺体が運びこまれる場所なので撮影禁止となっている。棺を運び終えたからっぽの車両を見かけたのでスケッチブックに描き留めた。

©Mayu Takeuchi
QRコードつきの墓石

最後に墓石のデザインについて触れておきたいのだが、とにかくバリエーションが豊富だ。墓石に立体的な彫刻が用いられている場合は、人物の全身像、半身像、胸像もあるし、石を掘り込んでレリーフに仕上げたものもある。日本の墓石の形に近いシンプルな造形のものもあるのだが、写真を焼き付けた陶板が埋め込まれているものが多い。モノクロ写真だけでなくカラー写真もあり、近年取り付けられた陶板にはスマホで撮影したと思われる写真が使われているものもあった。

セルビアの女性画家、ナデジュダ・ペトロヴィッチ(Nadežda Petrović)の墓石をひとつ例に挙げてみたい。オベリスクと呼ばれる先端が尖った四角柱で、形自体は日本の墓石に比較的近いが、セピア調の写真陶板の下にはさまざまな情報が刻まれている。上から順に、名前、肩書き、亡くなった時の職業、没地、生没年、改葬年まで記載されていた。

墓の右下には小さなプレートがあり、QRコードが印字されている。コードを読み取ってみてもURLは無効になっていたのだが、後日墓場の公式サイトを見てみると、この場所に眠る著名人の情報(生没年や略歴、墓地がある位置)が掲載されており、故人の功績をたどることができるようになっていた(参考:https://ecitulje.com/en/znamenite-licnosti )。墓地で見かけた美しい墓石や墓石のバリエーションについては長くなりそうなので、次回の記事で詳しく紹介したいと思う。

©Mayu Takeuchi

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