【文/小柳津 千早】
セルビアに移住して3年以上が経ちましたが、これまで最も数多く参加したイベントは、子どもたちの「誕生日会」です。
ここセルビアでは誕生日会が一大イベント。私自身も、現地の子どもたちの慣例に従い、長男と次男の誕生日会を毎年開催してきました。そう、この国では、友だちが誕生日会を企画するのではなく、自分自身のために開くのです。
子どもたちは誕生日会が大好き。理由は簡単。学校や保育園の友だちがたくさん集まり、みんな一緒に遊べるからです。びっくりするのはその開催頻度。同じクラスの友だちから招待状をもらうのが一般的で、毎年15人以上から誘われます。長男と次男合わせて、年間30回以上です。二人とも参加意欲が高く、出席率も高い優等生です。
毎年、親として子どもたちの誕生日会に関わるうちに、セルビアの誕生日会の仕組みが分かってきました。今回は主催者側と招待客側、双方の視点で書こうと思います。
会場をどこにするか
誕生日会を主催する上で、最初にやらなければいけないことは会場選びです。少人数で限られた人だけ招待する場合は自宅でもいいのですが、保育園や小学校のクラス全員を招待するのが通例。加えて、家族と親戚も参加するので、それなりのキャパシティがある会場を用意しなければいけません。そうなるとプレイルームの一択です。プレイルームとは、滑り台、ボールプール、アスレチックなどが置かれている子どものための遊び場(キッズスペース)です。
セルビアにはどんな小さな街にもプレイルームが必ずあります。私の住む街は人口3万人規模ですが、5つぐらいあります。広さや遊具の数が異なるので、自分のお気に入りのプレイルームを選ぶことになります。ちなみに費用は、会場(3時間分)、飲食(ソフトドリンクと軽食)、スタッフの人件費(3人分)で約3万円です。
会場を選んだ後は、開催日を決めます。当然、誕生日当日が多いのですが、セルビアの祝日(宗教的な行事がある日)と重なる場合は、日をずらすこともあります。私の次男の誕生日はセルビアの祝祭と同じ日で、セルビア正教徒の多くがこの日、肉・卵・乳製品を摂取しません。そうなると、誕生日会で用意する軽食、特に誕生日ケーキに使う材料が制限されてしまうので、あえて別日に設定しています。ほかにも新年、夏休み中の週末などを避ける傾向があります。家族旅行などで人が集まらないからです。
招待状は面倒でも書こう
招待状を配ることを忘れてはいけません。プレイルームから無料でカードをもらえるので、そこに開催日と時間帯、ゲストの名前を記入します。それを学校に持っていけば、先生がクラスメイトに配ってくれます。最近では保護者たちのグループチャットを使って、「うちの子どもの誕生会、みんな来てね!」と送る人が増えてきましたが、あまりおすすめしません。時間が経つと、誕生日会の存在を忘れてしまい、参加率がぐっと下がるからです。その点、手書きの招待カードは家の目立つところに保管されるので、忘れられる心配はありません。
誕生日ケーキの準備
セルビアの誕生日ケーキは、参加者全員でシェアされることを想定して作られるので、とても大きいです。最低でもA3サイズぐらいはあるでしょう。街にはイベント用のケーキ作りを生業にしている女性がいるので、事前に希望のデザインを伝え(子ども用ケーキの場合、アニメや映画のキャラクターものが多い)、作ってもらいます。マジパン(マルチパン)や可食シートを使って、好みのケーキに仕上げてくれます。私は一度、隣村に住むおばあちゃんにお願いしたことがありました。車の助手席にケーキを乗せて、会場に続く田舎道を走っている自分が微笑ましかったです。
余談ですが、セルビアのケーキ生地は、日本でよく食べられるふわふわのスポンジタイプではありません。細かく砕いたビスケットやクルミをバター・牛乳で固めたものが多いです。そしてめちゃくちゃ甘いです!
プレゼントの悩み
招待される側はプレゼントを必ず用意します。息子たちは誕生日会によく行くので、プレゼント選びに毎回苦労します。小さな街なので、そもそもおもちゃ屋が少なく、レパートリーも少ないこと。児童書、衣類などは好みが分からないこと。何を買ったらいいのか本当に悩みます。最近では子どもたちが大きくなったので、現金を包んでプレゼントすることも増えました。でも、子どものことを考えたら、やはりおもちゃの方が喜ばれるのかなと思ったりします。
誕生日当日の流れ
平日の場合、夜18時から21時までに開催することが多いです(週末は昼過ぎ)。主催者側はひと足先に会場に行き、ゲストを待ちます。招待客側は、例えば親の立場で話すと、子どもを会場に連れていき、そのまま残るか、子どもを預けて帰宅します(終了時間ごろに迎えに行きます)。実は預けるケースが圧倒的に多いのですが、それは子どもたちの面倒を見てくれる専門のスタッフが数名いるからです。スタッフは子どもたちの安全を見守るのはもちろん、みんなで遊べるゲームを実施したり、料理やケーキを配ったりします。親たちは子どもたちの相手をしなくていいのです。
この子どもを預けるシステムは、親の立場からすると、とてもありがたいと評判です。たった3時間とはいえ、普段の子育てから離れ、夫婦だけの時間、自分の趣味の時間として使えるからです。
もちろん、会場に残っても楽しい時間を過ごすことができます。セルビアのプレイルームの特徴は、大人が過ごせるカフェが併設されているところ。子どもたちが遊んでいる横で、親同士はお酒やコーヒーを飲みながら談笑できるのです。カフェには子どもたちの姿を映し出すモニターがあるので、リアルタイムで観察できます。これなら我が子が今何をしているのか分かるので安心ですね。
誕生日会が始まって2時間ぐらいでケーキが登場します。みんなで歌をうたってお祝いします。終了15分前から親たちが子どもたちを迎えに来ます。親同士で必ず「うちの子、いい子でした?」「はい、とてもいい子でしたよ」というやり取りが行われます。
ここで面白い光景がひとつ。会場は暖かく、子どもたちは走り回るので、みんな汗をかきます。セルビアの人たちは髪が汗で濡れた状態で外に出るのを嫌がります。おそらく風邪を引くと信じているからです。だから、プレイルームにはドライヤーが必ず置かれていて、みんな髪を乾かしてから帰ります。私と息子たちは全く気にしないので、会場から去る時はドライヤーを使いません。するとスタッフから「ダメダメ、乾かさないと!」と厳しく注意されます。しょうがなく受け入れることがあるのですが、スタッフ2人がかりで息子の髪を乾かす姿を見ていると、えらいVIP待遇だなとうらやましく思えてきます(笑)。
誕生日会が終わったら
大量のプレゼントをいただくので、帰宅後は開封タイムがあります。また、余ったケーキや料理を冷蔵庫に入れたり、「あの子は来てたっけ?」などと振り返ったりと、この日はどうしても就寝時間が遅くなります。
翌日からは、子どもたちはプレゼントで遊びますが、なかには「これは遊ばないだろ」といったものもあります。その場合、「誰かの誕生日会の時にプレゼントとして再利用できないか」と意地悪い考えが浮かんできますが、さすがに実行したことはありません。今でも未開封の状態で一応保管しています(我が家の場合、ピースがやたら多いジグソーパズルはその典型的)。
最後に
以上、セルビアの誕生日会についてご紹介しました。日本では、親が「子ども同士のトラブルを避けたい、家庭に迷惑をかけたくない」という理由で、誕生日会はあまり開催されません。また、自分の誕生日のために友達を呼ぶこと自体が厚かましいと捉える傾向があるようです。ほかにも、あの子を呼んで、あの子は呼ばない、といった交友関係の問題もあるでしょう。
冒頭に「セルビアでは誕生日会は一大イベント」と書きましたが、それは学校の外で友だちみんなと遊べる特別な機会だからです。大人たちはそれを知っているので、子どもたちの誕生日会に対してポジティブな印象しか持っていません。また、異性、異年齢による交流に抵抗なく、人懐っこい性格も、誕生日会が楽しいと思える要因でしょう。セルビアのように、親も子も有意義な時間を過ごせる誕生日会は、とても魅力的で、うらやましくもあります。
【文/小柳津 千早】大学卒業後、セルビア語を学ぶためベオグラードに留学。そこで日本語学科に通う女性と出会い、無職の身でプロポーズをして見事成功。現地で約350人の前で結婚式を挙げる。帰国後、スポーツメディア関連会社に3年半、在日セルビア共和国大使館のスタッフとして10年間勤務。2021年10月中旬からセルビアに移住。YouTubeチャンネル「セルビア暮らしのオヤ」で現地の自然、文化を配信中も、今はちょっとサボり気味。