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水球の魅力(欧州選手権2026観戦記録)後編【ベオグラード雑記帳・第9回】

【文と絵/竹内 まゆ

はじめに

2026年1月にベオグラード・アリーナで水球の試合を観戦して以来、すっかり水球に魅了されてしまった。今回は2026年1月10日から1月25日までベオグラードで開催された男子水球の第37回欧州選手権について前回の記事で書ききれなかったことをまとめたいと思う。

メダルを獲得したのは?

本大会におけるセルビアチームの対戦記録を下記のとおりまとめてみた。初戦のオランダ戦でPSO(ペナルティーシュートアウト)勝ちしたあと、次の対戦相手は強豪スペインだった。第4クオーターでなんと主力選手のDušan Mandić(ドゥシャン・マンディッチ)選手にレッドカードが出されてしまう。その後の試合はMandić選手が欠けた状態で圧倒的不利な試合展開に思えたものの、残り少ない時間でどんどん巻き返し1点差で勝利。その後、イスラエル戦とフランス戦を勝ち進み、2試合出場選手停止の処分を受けたMandić選手が強豪ハンガリーとの試合に戻ってくるという激アツな展開を迎えた。

モンテネグロとの対戦では13-15で1敗。実は現在モンテネグロ水球代表の監督を務めているのはDejan Savić(デヤン・サヴィッチ)氏で、元セルビア代表選手でオリンピックメダリスト、さらに監督としてセルビア代表を2度もオリンピック金メダルに導いた水球界の最強すぎる人物なのだ。

準決勝のイタリア戦ではキャプテンのNikola Jakšić(ニコラ・ヤクシッチ)選手にレッドカードが出されるなど予想外の展開もあったが、ゴールキーパーMilan Glušac(ミラン・グルシャツ)選手の神業ともいえるセーブが際立ち、4点差で勝利。

決勝ではふたたびハンガリーとの対戦を迎えた。決勝戦ならではの張り詰めた空気のなか、前半は双方のチームとも慎重なプレーが続いたが、セルビア代表選手たちの本領が発揮され10–7でセルビアが優勝を果たした。セルビアは欧州選手権では2018年に金メダルを獲得して以来8年間メダルを逃し続けていたので、悲願の勝利だったのではないだろうか。(ちなみに今大会の銀メダルはハンガリー、銅メダルはギリシャ)

©Mayu Takeuchi

ちなみに、欧州の大会である本大会にイスラエルが出場しているのはなぜか、疑問に思う方もいるだろう。イスラエルが建国された1948年以来、スポーツの大会では中東を巡る政治的な問題により、イスラエルへの対戦拒否やボイコットがさまざまな方法で、またさまざまな競技種目において行われてきた。アジアの大会から締め出されたイスラエルは欧州枠での参加が認められているのだ。(水球だけでなく、サッカーやバスケットボールの欧州で開催される大会にもイスラエルは出場している)

スポーツの団体が特定の国の大会参加を認めないという政治的な意思表明をするのは必要な決断だろう。一方で、イスラエルの選手一人ひとりの立場になって考えてみると、必ずしも自国の政策を支持しているとは限らないし、彼ら自身が後ろめたい気持ちを持っているかもしれない。スポーツを振興する団体として、多くの大会に出場できないイスラエルのアスリートたちが大会に参加できる機会を守ることもまた一つの正解なのだろう。国同士の分断が深まるなかで、スポーツの世界も複雑な状況に直面していることを感じる。

©Mayu Takeuchi
©Mayu Takeuchi
セルビア代表チームの魅力

脱線してしまったが、セルビア代表の話に戻りたい。チームの魅力の一つはベテランから若手まで幅広い選手がいることだと思う。複数回オリンピックに出場している経験豊富な選手も多く、チームの安定感があるのも特徴だが、今回、若い選手が堂々とプレーしていた点も素晴らしかった。特にGlušac選手は準決勝後あたりからスポーツメディアの注目を集め、「Milan Glušacとは一体何者なのか?」と突如現れたこの天才ゴールキーパーについて取り上げる記事が多数みられた。 Glušac選手はこれまで国際大会への出場経験がほぼなかったからだ。彼のinstagramのフォロワーは準決勝前には2,500人ほどだったと記憶しているが、この選手権が終わってしばらくすると10倍以上に膨れあがり、試合での活躍ぶりやMVP受賞により、一躍時の人となった。

Glušac選手と同い年で23歳のVasilije Martinović(ヴァシリエ・マルティノヴィッチ)選手も脚光を浴びている。表彰式でトロフィーを最初に受け取ったのはキャプテンのJakšić選手だが、そのあとで眩しい笑顔で大事そうにトロフィーを握りしめていたのはMartinović選手だった。若い選手が大切にされている雰囲気がとても良い。 

23歳といえば新卒会社員の年齢だ。彼らの仕事場はオフィスや店舗や工場ではなくプールのなかという違いはあるが、こんなにも新社会人を勇気づける存在があるだろうか。彼らの鍛えられた筋肉を見れば、負荷のかかる厳しいトレーニングを重ねてきた日々が想像できる。国の代表選手に抜擢されるというだけでも偉業だが(セルビアの社会は競争社会ではないが、競技人口の多いスポーツの世界となれば話は別である)、彼らの職場環境を考えてみれば、のびのびと実力を発揮できる場を作り出しているのは、きっとチームメイトや監督の存在なのだろう。

セルビアはチームスポーツが得意だ。個人主義すぎず協調や団結を重んじる国民性や、友人や同僚、家族、兄弟姉妹との結びつきを大切にするところ、コミュニケーション能力の高さなど、チームスポーツにセルビア人の内面のよいところがぎゅっと凝縮されているように感じるのは思い込みだろうか。

今回、セルビア代表の中には2組も兄弟がいた。キャプテンのNikola Jakšić選手と4歳年の離れた弟のPetar(ペタル)選手、Strahinja Rašović(ストラヒニャ・ラショヴィッチ)選手と1歳年下のViktor(ヴィクトル)選手だ。幼い頃から一緒に練習を重ね、国の代表に選ばれ、兄弟揃って金メダルをもらうなんてどんな気分なのだろう。応援したくなる要素しかないのだ。

余談だが、男子の水球選手が1日にどれくらいの量の食事をとるのかといえば、ハードな練習日や試合日には5,000〜6,000 kcalを摂取するらしい。平均的な女性の1日の摂取カロリーの3倍くらいという計算になる。仮に水球の練習に毎日打ち込む若い男子二人が家の中にいたとして、家庭の中で食事を担当していた人は本当に大変だったと思う…。1日6,000 kcalが二人分だと12,000 kcalで女子6人分の食事量ということになる。怖くなるのでこれ以上計算するのはやめておこう。

©Mayu Takeuchi
強靭なメンタル

水球の試合の判定には、VAR(Video Assistant Referee)と呼ばれる記録映像が用いられるケースも多いが、競技中のプレーに対する判定は審判の主観にならざるを得ないと感じた。前述のとおり、スペインとの対戦ではMandić選手が暴力行為(ブルータリティ)をしたと見なされ、レッドカードが出された。映像を見れば、Mandić選手が上体を持ち上げた瞬間に頭部が相手選手の顔面を直撃しているが、故意ではないように思えるのだが…。その上さらに2試合出場停止というセルビア側に不利な判定に対してはSNS上ではさすがにやり過ぎだという声が多かった。セルビア代表を応援するサポーターたちは判定に納得していないのはもちろんだが、選手や監督たちはさぞかし腹を立てていたことと思う。

ただこの判定を受けてからの試合展開は、理不尽な判定が下されても、すぐに気持ちを切り替えるメンタルの安定感、成果を出すことで次に進もうとするセルビア代表の一貫したアスリート精神を目にする機会でもあった。

さらにこの大会が終了したあとで監督のインタビューにより明らかになった事実は、イタリアとの準決勝の試合前、チームのうち約半数の選手に嘔吐や発熱の症状が出ていたということだ1。試合が終わるやいなやGlušac選手がプールサイドに横たわり十字を切る光景が印象的だったが、体力と集中力を使い果たした疲労感からではなく、体調不良で肉体的に限界状態で試合に臨んでいたということだったのだ。体の調子が絶不調でも結果を出さなければいけないアスリートの世界の厳しさを思う。

プールに飛び込まなかった監督

それぞれの選手たちの能力や人柄も素晴らしいのだが、気になるのはUroš Stevanović(ウロシュ・ステヴァノヴィッチ)監督の存在だ。前述のDejan Savić監督の元でアシスタントコーチとして活躍し、2022年からセルビア代表を率いる。プールサイドでは決して険しい表情を崩さなかったStevanović監督だが、優勝が決まった瞬間、この時ばかりは笑顔がこぼれていた。

水球の大きな大会の決勝戦では、チームの優勝が決まった後で行われる伝統的なパフォーマンスがある。優勝チームの選手たちは試合のあとそのままプールの中にとどまり、プールサイドにいる控えの選手たちもプールに飛び込むのだが、監督や助監督も彼らに続く(正確に言えば選手たちにプールに引きずりこまれる場合もある)。プールのなかでみなハグを交わし、一緒に祝福するのが恒例となっている。監督たちは水着を着ているわけではないので、ポロシャツやジャージ姿のまま水に浸かることになる。全身ずぶ濡れになってしまうのが面白い。

今回、セルビアチームの優勝後にStevanović監督がプールに飛び込む姿を見るのを何より楽しみにしていたのだが、選手たちとのハグ、そしてハンガリーの監督や選手とハグをしたあとで、早々と会場から消えてしまったのだ。後日インタビューにより明らかになったのは、どうやら子どもの頃から思い描いていたことがあり、その夢をかなえたということらしい(バスに乗って両親の家に向かい、家族と一緒に優勝を祝ったという情報もあるが…)。ノヴィ・ベオグラードのBlock 23で少年時代を過ごした彼にとって、2ブロック先(Block 25)のベオグラード・アリーナで獲得した金メダルは格別なものだったことだけは確かである。彼の奥行きのある人間性に魅了されてしまうのは私だけではないだろう。

©Mayu Takeuchi

<出典>

  1. Serbian times 「THE COACH REVEALED WHAT KIND OF HELL THEY WENT THROUGH TO GET THE GOLD: Jakšić vomited during the warm-up before the final, Ćuk fell ill, everyone played the semi-final sick! ↩︎

©Mayu Takeuchi