【文/山崎 佳夏子】
2026年5月、ベオグラードで某ロックバンドのライブを見に行った。会場のKC Gradはサヴァ川に架かる旧市街と新市街を結ぶブランコ橋の旧市街側の真下にある、ギャラリーとライブハウスとカフェが融合した小さな文化複合施設だ。
このエリアはサヴァマーラ(Savamala)と呼ばれ、昔はクラブやカフェが並ぶベオグラードの有名ナイトスポットであった。2017年に閉店してしまったが、昔はMikser Houseという大きな複合文化施設もあり、そこは日中ギャラリー兼カフェ兼アパレルなどのショップとして営業し、夜はライブやイベントなどを行っていた。

2015年頃から旧ベオグラード中央駅を中心にサヴァ川沿いを再開発するベオグラードウォーターフロント計画が進み、サヴァマーラのカフェやクラブの多くは閉店してしまったが、トラムの線路が走るカラジョルジェ通りや、コンクリート・ホールという意味のベトン・ハーラ(Beton Hala)と呼ばれるサヴァ川沿いのレストラン街はまだ昔の雰囲気を留めている。
ライブを見にきて、10年以上前、私も留学生時代このあたりでよく夜遊びをしていたことを思い出した。それに加えて、『ユリシーズの瞳』という昔見た映画の懐かしい記憶が思い出された。1995年のカンヌ国際映画祭でグランプリ(その時のパルムドールはエミール・クストリッツァ監督の『アンダーグラウンド』であった)を取ったギリシャ人のテオ・アンゲロプロス監督の『ユリシーズの瞳』は、失われた映像フィルムを求めてギリシャからバルカン半島の国を巡り紛争中のサラエボまで向かうという話だが、主人公がルーマニアのブカレストから船でドナウ川を移動し、このベトン・ハーラのすぐそばにあるベオグラードの河川港に到着し、そこで彼を待つ旧友と再会するシーンがある。

実はこの他にも『ユリシーズの瞳』にはサヴァマーラのシーンが多数登場する。主人公が船を降りすぐに乗るトラムはカラジョルジェヴァ通りを走る「2番」のトラムだ。主人公とベオグラードの友人が深夜、車の通りがなくなった道を歩きながら会話を交わすのもカラジョルジェヴァ通りだった。そして、当時戦禍にあったサラエボでの撮影が困難だったため、サラエボのシーンもベオグラードで撮影されている。そのシーンも同じく、映画の舞台はサラエボとされながら、カラジョルジェ通りで撮影された。
自分がその土地で時間を過ごした記憶と映画の中のシーンと、今の時間が重なり合う。私がベオグラードを初めて訪れた2012年には戦争はもう終わっていたが、この街に漂う戦争の記憶はあらゆる部分から感じとられたし、今も感じる時がある。
昔から好きだったロック音楽のライブを見るというひょんなきっかけで、サヴァマーラという場所を改めて回想し、場所が持つエネルギー、というより、ひとつの場所に人が行き交いそこで何かが連続的に生み出されているということについて考えたくなった。

セルビアの美術シーンは、美術館やギャラリーで起きていることだけを見てもわからない。このアート通信でもストリートアートなどのサブカルチャーシーンを紹介してきたが、ハイカルチャーとサブカルチャー、そして歴史が混淆するこのオルタナティヴな感じこそがセルビアの現代美術シーンの特徴だと思っている。そしてジャンルが横断している混ざり合う現象は、20世紀に完成された美術のシステムが変化していく現代で、次世代の美術や文化がどうなっていくのか考えるヒントになるのではないか。
というわけで、あまり人には知られていないベオグラードの中心地にはチューミッチェヴォ・ソカチェという美術とファッション、生活雑貨が混ざり合うオルタナティヴ・マーケットがあるのだが、次回【中編】ではその歴史を紹介したいと思う。
場所情報
住所: Braće Krsmanović 4, Beograd 11000
【文/山崎 佳夏子】美術史研究家。ベオグラード在住。岡山大学大学院在籍中に1年半ベオグラードへ留学し、セルビアの近代美術の研究をする。主な著作に『スロヴェニアを知るための60章』(共著、明石書店、2017年)、『ボスニア・ヘルツェゴヴィナを知るための60章』(共著、明石書店、2019年)(共に美術の章の担当)。


