【文/タマラ・ツヴィエティチャニン】
多くの民族や文化が混在するヴォイヴォディナ
私はセルビアのヴォイヴォディナ(Vojvodina)自治州の中央にあるベチェイ(Bečej)という町で生まれ育ちました。州都のノヴィ・サドにある大学に通い、観光・ホテル産業を学びました。今から3年前に来日し、今は東京に住んでいます。
現在のヴォイヴォディナがある地域は、19世紀後半にオーストリア・ハンガリー帝国の支配下に置かれ、1918年にセルビアの領土となりました。ヴォイヴォディナはヨーロッパで最も肥沃な土壌の1つであるパンノニア平原にあり、主な産業は農業と農場経営です。多民族社会でセルビア人が多数を占めますが、ハンガリー人、スロヴァキア人、クロアチア人、ルーマニア人、ドイツ人ら合計25の異なる民族グループが存在します。また、6つの公用語があります。 ヴォイヴォディナは「公爵の土地」を意味するセルビア語読みです。ハンガリー語ではヴァイダシャーグと言います。ヴォイヴォディナの人たちは自分たちの豊かな歴史を大変誇りに思い、長年にわたり異文化交流を大切にしてきました。多文化社会は生活の各側面、特に料理に大きな影響を与えました。
忘れられない祖母の味
私の祖母はいつも伝統的な家庭料理を作ってくれました。祖母の得意料理は「ナスヴォ(Nasuvo)」と呼ばれるパスタ。生地作りから始めます。いつも大量に作り、それぞれのレシピに合わせて生地を異なる形にカットします。例えば、塩気の具材に合わせるときは、薄く伸ばして小さな長方形にカット。デザートのような甘いレシピには平打ちの麺状に。肉のスープに入れるときは日本のラーメンよりもさらに細く短くしたものを。野菜スープに入れるときは黒胡椒のような小さな球状にします。
祖母は薪割りストーブの上でパスタ生地を数時間乾かし、キッチンの食器棚の一番上の箱の中に入れて何週間も保存していました。一番よく使われていたのは肉のスープ用パスタでした。祖母は自分の母からパスタ生地の作り方を学びましたが、その母もまた母から学びます。各家庭で世代から世代へ料理やレシピを受け継いでいくことは、ヴォイヴォディナの女性の典型的なスタイルと言えます。
今日では働く女性が増え、生活は以前より忙しくなり、専業主婦は珍しくなりました。伝統を受け継ぐ時間は少なくなっています。現代のヴォイヴォディナの女性はパスタ生地をスーパーマーケットで購入します。あるいは、青空市場に行き、地元の農家から新鮮な野菜やフルーツを買う時に、その農家が作った乾燥パスタを購入します。
私は子供の頃から祖母と一緒に過ごすことが大好きで、早い段階で料理に興味を持ちました。一番大切にしているものは、地域の習わしや質の良い食事を大切にしながら、家族から教わった伝統的な味の感覚です。私は来日後に料理を本格的に始めましたが、母国の伝統料理はいつも私を故郷にいるかのように感じさせてくれます。今では友達に料理をふるまったり、文化を紹介したりすることが大好きです。
<了>
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【文/タマラ・ツヴィエティチャニン】