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セルビアに野球の未来を——JICA海外協力隊・仲野剛志さんが描く夢【特別インタビュー】

【構成/My Serbia】

セルビアでは、野球はまだ発展途上のスポーツだ。競技人口は約200人にとどまるが、限られた環境の中でも、プレーする人々のまなざしはまっすぐで、情熱に満ちている。

そんなセルビアで、日々グラウンドに立ち続けている日本人がいる。JICA(国際協力機構)海外協力隊として活動する仲野剛志さん(23歳)だ。「野球って楽しい」と子どもたちに感じてもらうことを何よりも大切に、毎日の練習に心を注いでいる。

言葉も文化も違う場所で、野球を通して出会った子どもたちと向き合いながら、仲野さんがこの地で描く未来とは――。現地での活動と、その胸に抱く思いをうかがった。(聞き手/My Serbia – 小柳津 千早)

セルビアで野球を指導する仲野剛志さん
野球の未来を共に創っていける国、セルビア

――まず、仲野さんがセルビアという国を選び、実際に現地で野球を教えることになった経緯について、詳しくお聞かせください。

私がセルビアで野球を教えることになったのは、日本の国際ボランティア制度「JICA海外協力隊」への参加がきっかけです。これまで野球を通して多くのことを学び、成長することができました。その野球に、今度は自分が何かを返したいという思いから、この制度に応募しました。

JICAでは希望通りの国に行けるとは限りませんが、ありがたいことに第一希望だったセルビアに派遣されることになりました。セルビアを選んだのは、ヨーロッパ野球に対する純粋な興味からです。チェコやオランダといった国々が注目される中、「そのほかの国では野球はどうなっているんだろう?」という素朴な疑問が出発点でした。野球が日常にある日本と、これから創り上げていくセルビア。野球の未来を共に創っていける。そんなワクワクするような可能性を感じました。

――現在は、どのチームで指導されているのでしょうか? また、指導対象となる選手の年齢層や男女の比率、セルビア国内全体の野球人口やチーム数についても教えてください。

今はベオグラードにある「Beograd’96」というチームで主に活動しています。このチームは子どもと大人の2つのカテゴリーに分かれています。子どものチームには、8歳から14歳までの約12人が所属しており、男女混合で、女の子も数人参加しています。一方、大人のチームは15歳から40歳までの約15人で構成されており、現在は全員が男性です。

セルビア国内には、200人ほどの競技人口がいて、子どものチームが2つ、大人のチームが5つあります。中には、女性選手が活躍しているチームもあります。

練習に集まった子どもたち

――実際の練習はどのように行われているのでしょうか? 頻度や内容、特に子どもたちへの指導で意識されていることがあれば教えてください。

週に4日ほど練習しています。大人の練習には選手として、子どもの練習には指導者として参加しています。シーズンが始まると大人の部では5つのチームによるリーグ戦が行われ、毎週日曜日に試合があります。リーグ戦が終わると子どもたちの試合が始まるという流れです。

子どもの練習では、飽きずに楽しんでもらえるように内容を少しずつ変えたり、ゲーム要素を取り入れたりするように工夫しています。何よりも、子どもたちに「野球って楽しいな」「もっとやってみたいな」と思ってもらうことを大切にしています。そのためにも、私自身が楽しそうにプレーし、前向きな姿勢を見せることを意識しています。

――初めてセルビアの子どもたちのプレーを見たとき、どのような印象を持たれましたか?

「パワーすごっ!体デカっ!」と思ったのが第一印象でした(笑)。私は身長163センチなのですが、小学生高学年の子どもたちと話すときでさえ少し見上げるほどで、中学生になると完全に見上げています。

プレー面でも、体格の大きさがそのままパワーに表れていて、日本の同年代の子どもたちと比べても、打球の強さや投げる力がとても印象的でした。一番驚いたのは、高校生数名が遊びでバスケットボールのダンクをしていたことです。身体能力の高さにびっくりしました。

また、日本とは違い、セルビアでは子どもたちも最初から硬式ボールを使っています。そのため、バッティングの際は常に目を配るようにしていますし、肩やひじの怪我は野球を辞める原因にもなるので、投げ過ぎないように注意を払いながら指導しています。

バッティングの練習
道具が足りなくても、工夫次第で楽しめる

ーー日本の子どもたちと比べて、プレーや野球に対する姿勢などに違いを感じることはありますか? 指導中に印象に残った場面があれば教えてください。

「なんで野球やってるの?」と聞くと、「楽しいから」「好きだから」という答えが返ってきます。日本では野球がとても盛んで、整った環境の中でプロを目指して練習している子どもが多く、それが当たり前のように感じられます。一方セルビアでは、野球はまだまだマイナーなスポーツです。バスケットボールやバレーボール、テニス、水球などが主流で、野球を続けることには、より強い「好き」という気持ちが必要です。「楽しいからやってる」「好きだから続けたい」そんな素直な思いに、ハッとさせられることがよくあります。

ーーなるほど。それは印象的ですね。文化の違いで驚いたことはありましたか?

あるとき、私がグラウンドに向かって一礼する姿を見て、「なぜグラウンドに挨拶するの?」と聞かれたのです。私は、日本には物にも魂が宿っているという考え方があり、敬意と感謝を込めてグラウンドに挨拶をするし、野球道具はきれいな状態にすると説明しました。野球ができる環境、道具、仲間、そして時間に感謝する。それを聞いて何人か同じようにグラウンドに挨拶するようになりました。

こうした気づきを与えることも、私が派遣された理由でもあるんだなと感じています。環境や文化、言葉は違っても、野球に対する思いは共通なんだと実感しています。

――道具や施設の環境はどうですか? やはり整備はまだこれからという感じでしょうか?

私の所属するチームでは、最低限の環境は整っています。練習場所もあり、道具も一通りそろっています。ただし、あくまで“最低限”であり、理想には程遠いのが現実です。

例えば、グローブは紐が切れていたり、ボールも重さや質感がバラバラだったりと、コンディションの整った道具は決して多くありません。ただ、道具の不足を嘆いても仕方がなく、「今あるもので、どのように工夫しながら練習に取り組み、どのように楽しむか」を常に考えながら指導していています。それはとても大切なことです。

特に地方では、そもそも野球ができる場所や道具すらないこともあります。そんな中で、子どもたちはバットにテニスのグリップテープを巻いていたりして、自分たちで工夫を重ねながら野球を楽しんでいます。

もちろん、「これがあればもっと上手くなれるのに」「こういう道具があればもっと練習の幅が広がるのに」と思うことはたくさんあります。でも、欲しいものを挙げ始めたらキリがありません。それよりも、今ある環境の中で何ができるか、どうすれば子どもたちがもっと野球を楽しめるかを日々模索しています。

野球場はベオグラード市内のアダ・ツィガンリヤ公園の中にある
セルビアからプロ野球選手を

――セルビアではまだまだ野球を知っている人が少ない中で、今後このスポーツをさらに広めていくには、どんなことが大切だと感じていらっしゃいますか?

セルビアの人たちと話していると、「君は何のためにセルビアに来たの?」とよく聞かれます。「野球を教えています」と答えると、多くの人に「えっ、セルビアで野球をやってるの?」と驚かれます。野球というスポーツ自体は知っているけれど、国内で実際にプレーされていることはあまり知られていないのです。セルビアはスポーツがとても盛んな国で、バスケットボールやバレーボール、サッカーなどが高い人気を誇っています。だからこそ、野球も正しく伝えることができれば、きっと人々に愛されるスポーツになると信じています。

今後は、学校での体験教室やイベントを通じて、まずは子どもたちに「野球っておもしろい!」と思ってもらえる機会を増やしていきたいです。そこから楽しさが家庭や地域に少しずつ広がっていけば、やがて競技人口も増えていくのかなと思っています。

フライ捕球の練習

――実は20年以上前にも、セルビアで野球を教えていた日本人がいました。当時、国際機関で勤務するかたわら、プライベートで指導を行っていた辰巳知行さんです(現在はJICAに勤務)。彼の尽力により、セルビアの高校生チームが初めて日本を訪れ、プロ野球の観戦や高校球児との交流を体験しました。こうした先人の歩みを踏まえ、現在セルビアで野球を広めている立場として、仲野さんがこれから描いている夢や目標について、ぜひお聞かせください。

私の夢も、セルビアの子どもたちを日本に連れて行くことです。日本の野球環境や指導のあり方、そして何より野球に向き合う姿勢を、実際に現地で肌で感じてほしいと思っています。言葉では伝えきれない「野球の空気」に触れることで、子どもたちが何かを感じ取り、将来の糧にしてくれたら、これ以上の喜びはありません。

そして、もう一つの夢があります。それは、今ここで一緒に野球をしている子どもたちの中から、将来日本のプロ野球やメジャーリーグに出場する選手が現れることです。その夢はまだ遠くにあるかもしれませんが、毎日の指導の原動力となっていて、私自身を動かしています。

ただ技術を教えるだけでなく、野球を通して文化を知り、人と人がつながり、新しい世界が広がっていくーーそんなきっかけをつくることが、私の目指す将来像です。

<了>

子どもたちに聞いてみよう!

グラウンドには、兄弟で参加するオグニェン君とステファン君の姿があった。野球を始めたきっかけは練習の見学に誘われたこと。ふたりは「ほかのスポーツにはない不思議な魅力に惹かれた」と話してくれた。この日、見学に訪れていた父親も「野球は頭を使うスポーツ。奥が深いですね」と微笑んだ。

チームには国際色もある。アメリカ出身のウェスティン君は、セルビアに駐在中の父親の勧めで野球を始めた。「野球は難しいけど、楽しいよ」と一生懸命に取り組んでいる。チーム最年少の8歳ながら、夢中でボールを追いかける姿がひときわ印象的だった。

練習中の子どもたちの顔には、終始笑顔があふれていた。ヨヴァン君は「ツヨ(仲野さん)はとてもいいコーチ。毎回の練習が待ち遠しい」と、うれしそうに語ってくれた。
休憩中のひとコマ
【動画】練習の様子 ※再生までに少し時間がかかります

【プロフィール/仲野 剛志(なかの つよし)】佐賀県唐津市出身。小学生2年生から父の影響で野球を始める。小中高と地元の学校に通い、福岡の大学に進み野球を続ける。大学卒業後すぐに海外協力隊としてセルビアに派遣される。

仲野さんのInstagram

セルビア野球連盟

仲野さんが指導する「Beograd’96」

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