【文/山崎 佳夏子】
ここ数年、ベオグラードでは新しいギャラリーがどんどん誕生している。7年前にベオグラード美術大学の一年生だった人が「僕が入学した頃に比べたら、今はその倍ぐらいギャラリーがある感じ」と言うほどの大きな変化だ。
今から10年前、雑誌のTHE BIG ISSUE JAPAN183号(2012年1月15日発売)に「文化的スクウォッター― 廃虚で花開く中・東欧の若者文化」という題で、東欧の民主化後不安定な経済状況の中、廃墟となった場所をスクォッティング(無断占拠)して新たな文化センターを作る動きがいくつかの都市で現れていると言う特集が組まれ、その一例にベオグラードが上がっていた。私はその年に初めてベオグラードを訪れたのだが、確かにその頃はその特集にも取り上げられた旧映画会社をアーティストたちが無断占拠したInex filmがあったり、他にも旧印刷会社BIGZの巨大な建物の中は壁画や落書きまみれの廃墟だったが、音楽スタジオとしてバンドマンたちがそこを使い、その最上階にはジャズクラブ・チェカオニッツァ(Čekaonica)もあり文化スポットとして有名だった。しかしその二つはその後閉鎖され、今ベオグラードではBelgrade Waterfront計画に代表されるような再開発がどんどん進み続け、無断占拠などのアングラな感じは少し薄れてきてしまったような気はするけれど、看板をしっかりと掲げた新しいギャラリーがたくさんオープンしているのは新しい文化現象だと言える。2010年代とは少し空気が変わり、ベオグラードのアートはこれから盛り上がりそうな予感がしている。
この連載では「文化の交差点であるベオグラードから古今東西のアートを紹介」をテーマに、最近の展覧会や文化情報を日本の皆さんにお届けしていきたいと思う。今回は有名レストランが多く観光客で賑わう有名なスカダルリヤ通りに並行するツェティンスカ通りにあるアート・ハブKula(クーラ)で開かれていたソフィア・パシャリッチ(Sofija Pašalić)とネマニャ・ヨヴァノヴィッチ(Nemanja Jovanović)の二人展“Neoneolit”(2022年4月28日〜5月8日)をピックアップする。Kulaは2021年にできたばかりのギャラリーだが、ギャラリーのあるエリアはおしゃれなバーやカフェ、クラブが並ぶ人気ナイトスポットとしてすでに有名な場所。元々この場所はBIPという銘柄のビールの醸造所だった。
ツェティンスカ通りの野外駐車場に入り、レコードショップのある建物の隣の天井付きの駐車場の中へ進んでいくとKulaの入口が見える。一体ビール工場のどの部分だったのか全然わからないが、エントランスにあたる一階は空間としてはあまり広くなく、窓があるが薄暗く静かで、作品を鑑賞するのにとても良い場所だと思った。一階と同じ間取りで、メインの展示は二階そして三階へと続いた。
二階の壁にはベオグラード応用美術大学のグラフィック・書籍専攻卒業後ベオグラード美術大学ニューメディア学科の修士を終えたソフィヤ・パシャリッチのフェルトの作品が展示され、フロアにはベオグラード大学言語学部日本語学科を卒業後中国へ留学した経歴を持つネマニャ・ヨヴァノヴィッチによる壷のような立体の作品が置かれていた。二人はストリートアーティストとしてベオグラード市内の壁画の制作を行っており、またシルクスクリーンのポスターやZINEの制作もしている。プロジェクターでは二人の作品の源となるドローイングがアニメになって流されていた。
三階は細長い窓に囲まれた明るい空間で、壁には黒い線の壁画があった。描かれているのは顔を布で覆われた剣を持つ戦士と機械のような無意識の落書きのような何か。展覧会のタイトル“Neo-neolit”とはつまり「新・新石器時代」だ。ステートメントも「『未来』は新・新石器時代の過去」と哲学的な一文で始まり、彼女らがストリートアートをやる背景にこのような時間(歴史)感覚があるのだなと思うとまた作品が面白く感じられてくる。
場所情報
Kula
住所: Cetinjska 15, Belgrade, Serbia
営業時間: 月〜日17:00 – 21:00
【文/山崎佳夏子】美術史研究家。ベオグラード在住。岡山大学大学院在籍中に1年半ベオグラードへ留学し、セルビアの近代美術の研究をする。一時帰国を経て再度ベオグラードへ渡航し結婚。2020年に生まれた長男の育児中。主な著作に『スロヴェニアを知るための60章』(共著、明石書店、2017年)、『ボスニア・ヘルツェゴヴィナを知るための60章』(共著、明石書店、2019年)(共に美術の章の担当)。