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ファンタジー・アート・ビエンナーレとセルビア現代絵画の世界【ベオグラードアート通信・第7回】

【文/山崎 佳夏子

セルビアも日本も変わらないなと思えることの一つが秋。市場には赤パプリカやプラムが山のように並び、みなこぞって市場に買いに行く。赤パプリカはアイヴァルなど冬の保存食を、プラムはラキヤ酒やジャムを作りのために使われる。セルビアは冬の方がクリスマスやスラヴァなどの家庭でのお祝いが多いので、そんな冬に向けて準備をする実り豊かな季節が「食欲の秋」だ。そして毎年ベオグラードで一週間行われる国際ブックフェアでは、特に週末は国際展示場が人で満杯になる。普段あまり本を読まない人でも本を手に取り、たくさん本を購入していく。まるでお祭りのようだがこれもセルビアの「読書の秋」だ。

「芸術の秋」も漏れなくセルビアの秋の風景の一つだ。演劇やジャズのフェスティバルもあり、美術館やギャラリーでは新しい展覧会が開催され「芸術の秋」の空気もあってか一年の中で一番質の高い展覧会が開催されるといっても良いくらいだ。

今回紹介するのはコラーラツ・ギャラリーが会場の「ファンタジー・アート・ビエンナーレ 2023(会期2023年9月16日〜10月15日)」だ。2年前の前回に比べスペースは縮小されたが(前回は併設するコラーラツ劇場内の空きスペースにも展示されていた。今回はギャラリーのみ。)それでもコンパクトで良い展示であった。

ファンタジー・アート・ビエンナーレではセルビアの現代絵画のメインストリームが一堂に会す。「ファンタジー・アート」…美術好きの皆さんにはピンと来るような来ないような不思議な言葉である。日本語で幻想絵画と訳すことができ、日本でも戦後ヨーロッパの美術潮流としてこの美術ジャンルが紹介された。しかしアニミズムの国・日本ではそこから影響を受けたアーティストがたくさんいても、「日本幻想絵画」という一つの運動や現象となることはなかった。

しかしセルビアでは長いことファンタジー・アートというジャンルが絵画の世界で主流となっている。その背景には、戦後「メディアラ(Mediala)」というグループが組織されたことが大きく関係している。レオニード・シェイカ(Leonid Šejka)、ミオドラグ・”ダード”・ジューリチ(Miodrag “Dado” Đurić)、リュバ・ポポヴィチ(Ljuba Popović)、ヴラディミル・ヴェリチュコヴィチ(Vladimir Veličković)、オリャ・イヴァニツキ(Olja Ivanički)など現代もいまだに人気のある画家たちがメディアラに参加し、20世紀の後半にリアリズムを超えた世界を描いて人気を博した。

会場の風景

「メディアラの子」と呼べるようなメディアラ一直線に影響を受けたその後の世代の画家たちも、ちょっと不思議な世界の絵画を描き画家としてキャリアを確立した。例えば日本×セルビアの美術交流ではお馴染みの故ミラン・トゥーツォヴィチさんもその一人である。他にも詩人の山﨑佳代子さんの詩集の表紙を飾るカタリナ・ザーリチ(Katarina Zarić)、ヴラディミル・ドゥーニチ(Vladimir Dunić)もセルビア・ファンタジー・アートの流れをくむアーティストで、彼らの作品は国内外で親しまれている。

左3点は受賞者の作品。若手の賞(マリヤナ・ラキチェヴィチ, Marijana Rakićević)、次いでベテランの賞(ミハイロ・ジョコヴィッチ・ティカロ, Mihajlo Đoković Tikalo)、そして大賞(セルゲイ・アパリン, Sergej Aparin)と並ぶ。

ファンタジー・アートは明確な定義がないので、リアリティを少しでも超えていればOK。なのでビエンナーレへの参加は敷居が低く応募者は343件あり、そこから選ばれたのは25人だったそうだ。中堅の画家もいるが、次の世代の若手の画家の作品も多く見られた。

ファンタジー・アートがセルビアで絵画ジャンルとして定着したのは、確かにメディアラによる成功が大きい。しかし、このジャンルが長くセルビアの人に愛される理由にはこのような絵画がセルビア人のメンタリティに触れるものだということも大きく影響している。

セルビア人は美術については結構古典的なものを好む。例えばヨーロッパ・ルネサンスの絵画、とりわけヒエロニムス・ボッスなど精緻に描かれているものが人気だ。

画家たちも美術大学を卒業すれば自身を「アカデミー画家」と名乗れるようになり、プロフィールに自ら堂々とその称号を記す者も多い。「アカデミー画家」と聞くと正直19世紀以前の王族・貴族の肖像画や歴史画などを描く画家というイメージだが…。セルビアでは「美大卒」という意味で(確かに19世紀の画家も同じといえば同じだが)、このような少し古臭く聞こえる肩書きが今も一部の間で好まれる傾向にある。

ファンタジー・アートに定義はないが、画家たちの好みや発展の流れを見るにヨーロッパの古典絵画から発展したシュルレアリスム絵画に近い。しかしシュルレアリスムが単に人気だというだけでなく、正教会のイコン美術文化もファンタジー・アート人気へ影響しているのではないかと私は考えている。イコンは面を通して神や精神的な世界へ通じていくものだ。具象的に描かれているものから、精神的なものを感じとるファンタジーの世界がセルビア人の美術体験としてしっくりくるのであろう。

日本でも何度も展示をしているスネジャナ・ペトロヴィチさんはビエンナーレの審査員の一人。彼女の作品も飾られていた。

スラヴコ・クルニッチ(Slavko Krunić)はロックバンドのジャケットを手がけたりもしている人気画家だ。

そしてアーティスト同士が交流好きであることもファンタジー・アート界隈の特徴の一つだ。昔ゴルニ・ミラノヴァツで開かれたミニチュア美術ビエンナーレの開会式へ行った時はファンタジー・アート系の絵を描く友人を通してたくさんのアーティストと知り合った。今回のファンタジー・アート・ビエンナーレの出品者も私が直接的か間接的に知るアーティストがほとんどで、この界隈は情報が勝手に耳に入ってくるほど「賑やか」なのだなと改めて思った。こういうところから、遠い日本で発表し日本の人と交流を持つ意欲がある画家が生まれるのも頷ける。

マリヤナ・ラキチェヴィチは今回若手の賞を受賞。大学に入る前はチャチャックに住む私の友人の画家に絵画を学んでいたので、私と昔から知り合いだ。

セルビア・ファンタジー・アートの世界は、はっきりと言えば不気味なものが多い。見て穏やかになるというより、ハッとさせられるものが多い。だがアーティスト自身はそれと反対で人間的で、いたって普通の人たちばかりだ。「純粋に絵を描くことが好き」だったり「自分の表現を見つけたい」タイプが多い。

ヴェリコ・ヴァリャレヴィチ(Veljko Valjarević)とペタル・モシチ(Petar Mošić)の作品。

もしかしたら「進歩する美術史」の中では遅れたものだと見られるかもしれないが、セルビアではファンタジー・アートは一ジャンルとして世代を超えて長いこと定着している。世代間をするりと駆け抜けて幅広い世代に愛され、人々を結びつける「ファンタジー」という概念はセルビアのアートシーンを知る上で一つのキーワードとなるだろう。

主催者情報

II Bijenale fanstastike(II Biennale of Fantasy Art)

 場所:Zadužbina Ilije M. Kolarca, Studentski trg 5, Beograd.


【文/山崎 佳夏子】美術史研究家。ベオグラード在住。岡山大学大学院在籍中に1年半ベオグラードへ留学し、セルビアの近代美術の研究をする。一時帰国を経て再度ベオグラードへ渡航し結婚。2020年に生まれた長男の育児中。主な著作に『スロヴェニアを知るための60章』(共著、明石書店、2017年)、『ボスニア・ヘルツェゴヴィナを知るための60章』(共著、明石書店、2019年)(共に美術の章の担当)。

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